「風立ちて"D" 吸血鬼ハンターD(2)」菊地秀行
a0030177_23372758.jpgああ、なるほど……。
じつは第1巻の時点では、「常道に忠実なれど傑作には至らず」という評価を下そうかとも思っていたんですが、これを読んでころりんと撤回。もし1巻だけで切っていたら、それこそオードブル食ってメインディッシュに気づかないまま帰る愚を冒すところでした。あぶねえあぶねえ。

子いわく、シリーズを読むに早合点は禁物なり。ですね。


人間と吸血鬼が争いつづける荒廃した未来。流浪の吸血鬼ハンター・Dは、雇われ先の村で奇怪な事件が起こっていることを知る。日光の下でも死なない吸血鬼が現われ、村人を襲っているというのだ。事件の謎を解き明かすため古代遺跡に向かったDは、そこで十年前に行方不明になった子供たちに施された「実験」の真相に気づく。断ち切れぬ運命の鎖にからめ取られた少女が、その先に夢見たものは何だったのか───。さわやかに泣ける"D"第二弾。

人間よりもはるかに高度な知性と生命力をもち、科学と芸術の高みをきわめながら、「太陽の光」ただそれだけを克服できずに衰退してしまった闇の種族。その悲哀に共感し、彼らの無慈悲な執念の犠牲とされてもなお気高く生きようとしたひとりの少女の悲劇を描いた物語です。悲しい結末ではあるものの、その後のさわやかさが「風立ちて」のタイトルにふさわしい。

ただし、このテーマを描くだけが目的ならば、最終章「たそがれの人々」以外の章はほとんど余計なんじゃないか?とも思いましたが。


1巻と2巻を通じて、「D」の作品世界を支える大黒柱は二本あります。一本は、流れものが悪党を退治して去っていくウェスタン活劇的な要素。もう一本は、夜な夜な人家を襲う吸血鬼の恐怖というゴシックホラー的な要素。この組みあわせのバランスに、僕は山田風太郎のスタイルに通じるものをもつ菊地秀行の読みの上手さを感じます。どちらにかたよりすぎても、この「D」らしさは保てない気がする。ちょうどこの配分だからこそ、万人向けのエンターテインメントたり得ているのではないだろうかと。

ただし、上記二本の柱以外の部分については、「雰囲気と勢いでカバーしときゃいいや」っていうか、細かいストーリー展開などがやや放縦にすぎる気もしたりしなかったり。脇役はみんな職業的類型の凡キャラばかりだし、Dはあまりにも無敵すぎるし。ヒロインがみんなDにひと目惚れってのもなんだかなあ。
ま、こういう作品でいちいち細かい穴をつつくのは野暮というもので、単純に面白おかしく読むのが一番なのです。だからそうしましょう。

この「風立ちてD」にクオリティで並ぶと言われれば、「聖魔遍歴」もかなり期待できるな。



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前回のノベルゲームについての話がカトゆー家に捕捉されたらしくて、アクセスが1000/dayに跳ね上がって一時は喜んでたんですけど。結局コメントがひとつも付かなくて、むしろ結果的に凹みました。なんか遠回しないじめみたいじゃんこれ?
誰か、何か言ってよぉ……ひぐぅっ……
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by umi_urimasu | 2006-11-04 23:55 | 本(others) | Comments(2)
Commented by 海燕 at 2006-11-05 03:30 x
 菊地さんがたぶん本当にマニアックに好きなのはホラーだと思うのです。でも、筋金入りのホラーマニアであるだけに、ホラーでは客を呼べないことを知っている。だから、ホラー要素は薄めて、ヒロイズムを強めた小説を書いているんじゃないかと。

 結果的に生まれたものは、SFとも西部劇ともつかない異形の鬼子。おかげで、菊地秀行の小説を詳細に検討した批評というものは読んだことがありません。

 しかし、ライトノベルが何度あたらしい流行のサイクルを迎えても、「〝D〟」はあいかわらずの物語で、あいかわらず読者を楽しませつづけています。これぞ戯作家の誇りとするところではないでしょうか。

 作品の緻密さという点で山風には及ばないにせよ、やはりそこらの新人作家では足もとにもとどかない高みに立っていると思いますね。少なくとも十年二十年で忘れられる作家でもなく作品でもないことは、実績が証明しているといっていいでしょう。
Commented by umi_urimasu at 2006-11-06 21:23
たしかに古典ホラーが芯から好きそうな感じはしますね。バトルや恋愛描写はあっさりしているのに、怪物や超自然的なシーンには濃厚な演出をかましたりするところなど。
もちろん作者の好みだけではなく、対比効果も計算してのことでしょう。


あと、「風立ちてD」では、モノローグと地の文で、文体の境界を一部崩しているところにも注意をひかれました。デフォルトは固めの凝った文体ですが、ヒロインの口調に合わせて、ときどき地の文までくだけた口調になるっていう。

今のノベルゲームなんかはほとんど例外なくこういう混合文体を使ってますよね。みんながこぞって菊地秀行のマネをしたわけでもないでしょうけど、後につづくライトノベル畑の作家たちの一部には、大きな影響を与えたのでは、と思います。
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