空前の大災厄とそれに翻弄される人間の姿を国家スケールで描ききり、パニックスペクタクル小説の金字塔として名高い「日本沈没」。さすがは日本SF界の大長老たる小松左京、その代表作と言われるだけのことはありました。すごいのなんのってこれが。
「小松左京、一冊も読んでませんが何か」とかノホホンとぬかしていた一週間まえの僕にもし手がとどくなら、びんたのひとつも食わしてやりたい気分だ。 単純明快なタイトルが示す通り、これは日本列島が海の底に沈んでしまう話です。でも読みながら「ほんとに起こったら怖いなあ」と気にかける人はまずいないでしょう。一年や二年で日本全部が海に沈むなんて現実にはありえないんだから。 だが、そこをあえて沈める。可能なかぎり現実的に、ありとあらゆる影響をシミュレートし、どんな小さなことも書き漏らさずに。 小松左京がこれほどまでに現実性にこだわったのには、やはりそうするだけの切実な理由があったのだろうと思います。たぶん彼は、僕たちが今こうして謳歌している日本の平和と繁栄がじつはまったく砂上の楼閣にすぎないのだという「事実」に気づいていて、それを我々にも警告したいと強く願ったんじゃないだろうか。君たち呑気にかまえてるけど、けっこうマジにヤバいんだよ、と。 たとえば今晩、東京でマグニチュード8.5の直下型大地震が起こったら、という仮定を考えてみればいい。人口一千万のメトロポリスのど真ん中で、阪神大震災の数十倍のエネルギーが爆発したらどうなるか。東京全域がものの数分で地上の地獄と化すでしょう。そしてその程度の災害が、今まで起こらなかったから今後も起こらないという保証はどこにもない。 実際、今後数年から数十年以内にマグニチュード7級の直下型大地震が関東で起こる確率は70%ともいわれているそうです。 そう、まさしく一寸先は闇。 30年以上も昔に、地震学の専門家でもない一介の小説家の身でここまで考えぬいていた小松左京の先見の明と冷静な思考力には畏れ入るほかありません。 「日本沈没」上巻のクライマックスでは、列島沈没の序章として第二次東京大地震が起こります。東京の壊滅が見てきたような精密さで描破されてゆくさまは、こっちの気分が悪くなるほど真に迫っていて、無邪気にスペクタクルと呼ぶことに罪悪感すら感じるほど。 よく似たアプローチを試みた小説として手近で思いつくのは小川一水「復活の地」ぐらいですが、まともに比べるのはかわいそうな気もしてきた。知識の広さも小説技術も何もかも、小松左京と小川一水とではあきらかに格が違う。 世の中、上を見ればいくらでも上がいるもんだなあ……。 というところで、下巻の感想はまたのちほど。
by umi_urimasu
| 2006-10-21 00:16
| 本(SF・ミステリ)
|
最近のエントリ
「ゾンビ・ダイス」のようなものをお手軽に自作して遊ぶ
シルヴァン・ショメの異形の世界 「朝鮮通信使いま肇まる」 荒山徹/「マルドゥック・フラグメンツ」 冲方丁 「ザ・スタンド」 スティーヴン・キング 「ねじまき少女」 パオロ・バチガルピ 荒山先生はいつも楽しそうでいいよな 「友を選ばば」 荒山徹/「痩せゆく男」 S・キング/「大暗室」 江戸川乱歩/他 日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか 「異星人の郷」 マイクル・フリン 路傍のラピュタロボット 「ペット・セマタリー」 スティーヴン・キング すべての美しい木曽馬(?) すべての美しい競走馬 スティーヴン・キングに(ようやく)目覚めた ゲームのリアルリアリティ 中世の料理と風呂について: 司教様ご一行フルコース食い倒れツアー 統計: ファンタジーにおけるドラゴンの流行色 ロシアの伝説に残るユートピアとしての日本国 テッド・チャン インタビュー [2010.07] "On Writing" 時代小説、SF、ボーイズラブ、大食死 あとゾンビ 「テルマエ・ロマエ」 第1巻 ヤマザキマリ 忍法帖の姫キャラ比較 覚悟のススメみたいなノベルゲーム探してます 「天地明察」 冲方丁 映画 「第9地区」 映画 「シャーロック・ホームズ」 一生に一度は行ってみたい空想都市 荒山徹作品の再現コラ画像 「年間日本SF傑作選 超弦領域」/他 「ブラッド・メリディアン」 コーマック・マッカーシー PCが壊れると積読が崩れる トールキン「ホビットの冒険」訳文チェック 「柳生天狗党」 五味康祐 「ユダヤ警官同盟」 マイケル・シェイボン 映画 「ストレンヂア 無皇刃譚」 「あなたのための物語」 長谷敏司 「自生の夢」 飛浩隆 「洋梨形の男」 ジョージ・R・R・マーティン 「息吹」 テッド・チャン 年とるとライトノベルが読めなくなる 「海島の蹄」荒山徹 「煙突の上にハイヒール」小川一水 「柳生武芸帳」五味康祐 Yahoo! 剣豪知名度ランキング 「鳳凰の黙示録」荒山徹 「乙嫁語り」森薫 「すべての美しい馬」コーマック・マッカーシー 「順列都市」グレッグ・イーガン カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
ライフログ
その他のジャンル
記事ランキング
|
ファン申請 |
||