「日本沈没」(上) 小松左京
a0030177_0155576.jpg空前の大災厄とそれに翻弄される人間の姿を国家スケールで描ききり、パニックスペクタクル小説の金字塔として名高い「日本沈没」。さすがは日本SF界の大長老たる小松左京、その代表作と言われるだけのことはありました。すごいのなんのってこれが。
「小松左京、一冊も読んでませんが何か」とかノホホンとぬかしていた一週間まえの僕にもし手がとどくなら、びんたのひとつも食わしてやりたい気分だ。


単純明快なタイトルが示す通り、これは日本列島が海の底に沈んでしまう話です。でも読みながら「ほんとに起こったら怖いなあ」と気にかける人はまずいないでしょう。一年や二年で日本全部が海に沈むなんて現実にはありえないんだから。

だが、そこをあえて沈める。可能なかぎり現実的に、ありとあらゆる影響をシミュレートし、どんな小さなことも書き漏らさずに。
小松左京がこれほどまでに現実性にこだわったのには、やはりそうするだけの切実な理由があったのだろうと思います。たぶん彼は、僕たちが今こうして謳歌している日本の平和と繁栄がじつはまったく砂上の楼閣にすぎないのだという「事実」に気づいていて、それを我々にも警告したいと強く願ったんじゃないだろうか。君たち呑気にかまえてるけど、けっこうマジにヤバいんだよ、と。

たとえば今晩、東京でマグニチュード8.5の直下型大地震が起こったら、という仮定を考えてみればいい。人口一千万のメトロポリスのど真ん中で、阪神大震災の数十倍のエネルギーが爆発したらどうなるか。東京全域がものの数分で地上の地獄と化すでしょう。そしてその程度の災害が、今まで起こらなかったから今後も起こらないという保証はどこにもない。
実際、今後数年から数十年以内にマグニチュード7級の直下型大地震が関東で起こる確率は70%ともいわれているそうです。
そう、まさしく一寸先は闇。

30年以上も昔に、地震学の専門家でもない一介の小説家の身でここまで考えぬいていた小松左京の先見の明と冷静な思考力には畏れ入るほかありません。

「日本沈没」上巻のクライマックスでは、列島沈没の序章として第二次東京大地震が起こります。東京の壊滅が見てきたような精密さで描破されてゆくさまは、こっちの気分が悪くなるほど真に迫っていて、無邪気にスペクタクルと呼ぶことに罪悪感すら感じるほど。


よく似たアプローチを試みた小説として手近で思いつくのは小川一水「復活の地」ぐらいですが、まともに比べるのはかわいそうな気もしてきた。知識の広さも小説技術も何もかも、小松左京と小川一水とではあきらかに格が違う。
世の中、上を見ればいくらでも上がいるもんだなあ……。


というところで、下巻の感想はまたのちほど。
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by umi_urimasu | 2006-10-21 00:16 | 本(SF・ミステリ)


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