いーえ、奴はとんでもないものを盗んでいきました。
太陽です! 西暦2006年に水星軌道上にあらわれ、徐々に形をなし始めた直径8千万キロの巨大なリング。それはやがて太陽そのものを覆い隠す「塀」となり、深刻な地球寒冷化を引きおこした。滅亡の危機に直面した人々は異口同音に叫ぶ。いったい誰が、何のために、このようなものを建造したのか。リングの調査と破壊の任を帯び、人類で初めてその表面に降り立った科学者・白石亜紀は、そこでついに〈リング・ビルダー〉の真の意図を知ることになるが───。 という、この上なく直球で正攻法なファーストコンタクトもの。第34回星雲賞受賞。「SFが読みたい」2003年版国内篇ベスト1。緻密な科学考証にもとづいてありうべき未来の世界を目に見える形にしようとする、まさにお手本のようなハードSFです。 ハードSFと聞くと固苦しくて娯楽性に欠けるというイメージを抱く人がいるかもしれませんが、少なくとも「太陽の簒奪者」はその限りにあらずと言っていいでしょう。というのも、謎の答えを知りたいという欲求を強力に煽りたてて読み手をガンガンひっぱっていくこの物語は、立脚点は科学だけど機能的にはほとんどミステリだったりするからでして。そういう意味で、固いことは固いけれどたいへん高純度な娯楽小説でもあるわけです。谷川流氏が巻末文でJ.P.ホーガンの「星を継ぐもの」を引き合いに出していますが、まさにその路線。「星を継ぐもの」に比べると格段にあっさりしてるけど、あれはきっとホーガンの方がやりすぎなんじゃよ。 異星人との遭遇という題材自体には、じつはとりたてて新しいアイデアは何もありません。ナノテク建築と惑星サイズのレーザーセイルっていうのがギリギリのところで、それだってアイデア自体はありものです。でもSFの価値は、なにもアイデアの新しさだけがすべてじゃない。科学的リアリズムの追求だってれっきとしたSF独自の表現手段です。「太陽の簒奪者」でも、SETIネタやAI認知科学のあたりの描写はクラークが2001年とかを書いていた時代に比べてはるかに真実味が増し、作品世界にリアリティを加える働きをしっかりこなしています。すでにある技術、ありそうな異星知性とのコンタクト、ありそうな行きちがい。何にせよ、ありそうなものごとを予想するのは楽しいことだ。宇宙空間での戦闘の悠長さや巨大な速度差の描写にしてもそう。実際やったらきっとこんなもんなんでしょうね。 あと、レムについて。 異種知性とのファーストコンタクトSFという煮詰まり気味のテーマにおいて、スタニスワフ・レムはある意味、越えがたい壁になってしまっているようにも見えます。とりつくしまもない究極の異質性を彼があまりにきっぱり描いてしまったためなのか。ハードSFでレムを正面突破するのはほとんど不可能とすら思えてしまう。それでもその壁にあえて挑むのは、あるいは作家の業なのか。 「太陽の簒奪者」ではその辺どうやっているかというと、いいとこまでは行ったんだけど最後の最後で少しごまかしちゃったかな、って感じです。非適応的知性とはどのようなものかが曖昧なまま終わってしまったからで、この点についてはちょっとだけ消化不良感が残りました。まあ、何もかも厳密にやりすぎて単に理解不能性を確認するだけに終わったりしたらどうにも夢がないので、少々無理にでも「話せばわかる」オチにしたのかもしれません。リング・ビルダーをソラリスみたいにするのはこの作者にとっては簡単なことだったでしょう。 あと、娯楽小説的にも「結局何もかもサッパリだった」じゃあつまんないし。 ───── 読むと納得度が増しそうな野尻抱介インタビュー記事。 理解の快感をもたらす「説明する娯楽小説」っていうのは、まさにホーガンのガニメデシリーズの手法そのもののような気が。 「太陽の簒奪者」よりはライトノベル寄りな感じの女子高生宇宙飛行士SF「ロケットガール」のアニメ化企画が進行中の模様。最近はなんでもかんでもアニメにしてしまうんじゃのう。ふがふが。 小川一水との比較でもなんか書けそうな気がするけど疲れたのでまた今度。
by umi_urimasu
| 2006-09-10 21:09
| 本(SF・ミステリ)
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