昔、狼というけだものがいた。でも狼は絶滅した。そういうことになっている。
あなたが──狼だったのですね。なんちって。 時は西暦2030年代。社会全体の高度情報化により、人々の生活は電子端末を介した情報交換のみで事たりるようになり、リアル・コミュニケーションの頻度は激減していた。子供同士がじかに顔を合わせることも少なくなり、彼らはほとんど部屋から出ることもなくネットに依存しきって生きていた。 そんな街のひとつで、児童ばかりが襲われる連続殺人事件が発生。14歳の葉月はそれと知らず事件の渦中に巻き込まれ、クラスメイトの歩未、美緒らと共に、事件の陰に隠された陰謀の真相に近づいていくのだが……。 京極夏彦としてはほぼ唯一と言っていいであろう、未来社会を舞台にした作品。子供がメイン主人公というのもこの作家としては珍しい例です。でもこのあらすじだけで、じっちゃんの名をかけた少年探偵が活躍するようなありきたりのジュヴナイル・ミステリのイメージを持たれてしまうとしたら少々具合が悪いかもしれない。というか、実際に読んだ感触は結局「いつもの京極節」なのでした。 他の京極作品、妖怪シリーズや時代ものには見られない「ルー=ガルー」だけの特徴を挙げるとしたら、特に若い年齢層の読者を強く意識しているらしいことです。たとえば、人物の造形がアニメやライトノベルのそれに近いこと。未来社会の説明に埋もれているが、ストーリー自体は単純であること。京極堂のような凝った構成やトリックをまったく用いていないこと。文体そのものも常よりやや平易で読みやすいこと。などなど。 純粋に推理小説として見るなら、これは京極作品としては最大限「平凡」な出来と言っていいでしょう。まあボリュームに関しては相変わらずのドカ弁級なんだけど。 結局、この作品の重心のありかは推理小説でもSFでもなく、ごくオーソドックスな青春小説なのだろうと思います。ただしジャンルや題材がなんであれ、大量の雑学・蘊蓄・思索がストーリーと無理なく併存・融合する京極夏彦のスタイルはまったく揺らがない。逆にいえば、そのスタイルで書かれたものはどんなジャンルでも必ず京極らしい作品になるのです。未来の話だろうが、美少女キャラがわんさか出てこようが、プラズマキャノン砲をぶっ放そうが。 そうやってスタイルのコア的な部分を維持したまま、中学生ぐらいの齢でも読みやすいように対象年齢を調節した、言うならば京極流ライトノベル。それが「ルー=ガルー」である、と。 えー、もっと短く要約しちゃうと、何を書いても京極は京極だ、と。 もちろん大人が読んでも十分面白いですよ。 ちなみに、本作で用いられた未来社会の設定の多くは雑誌上で読者から応募したアイデアを取り入れたものなんだそうです。ありきたりなのはそのせいかな。まあありきたりで悪いことは何もないんですが、いつもの雑学蘊蓄の多さに加えて設定の説明部分も相当な分量があるので、人によってはそれがうっとうしく感じられるかもしれません。僕としてはこれぐらいのボリュームなら特に苦でもないんですけど。 それよりはむしろ、終盤のアクション映画的なバトルシーンの安っぽさと「敵」の安直さのほうが不満の種だった。あれは京極夏彦にしては少し雑な仕上げだったんじゃないでしょうか。
by umi_urimasu
| 2006-07-18 22:50
| 本(SF・ミステリ)
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