文庫化待ちとか寝ぼけたことを言ってないでさっさと読むべきでした。「アラビアの夜の種族」もかなりの奇書でしたが、古川日出男って人はこんなのばかり書いてるんでしょうか。僕みたいに特に選ばず数もこなさず日々漫然と本を読んでいて、ここまでストライクゾーンど真ん中な作家に出会えるというのは、実際滅多にないことです。
わたしは運がいい。 1943年、北洋の孤島に棄てられた四頭の軍用犬がいた。彼らはつがい、殖え、やがて世界中に拡散していった。その子孫は数千、あるいは数万。あるものは犬橇に、あるものは戦争に、野生の狼に、麻薬犬に、愛玩用に、航海に。北はアラスカから南はメキシコ、ハワイまで、世界に満ちる犬、犬、犬。そして虐げられ、殺し殺され、愛し愛された犬たちの血脈は数奇な運命のもとにふたたび収束し、199X年、ロシアのとある街に集結する。蜂起し、報復し、彼らの本分を果たすために! 本書や「アラビアの夜の種族」を読むと、古川日出男の創作のエンジンは、原初的な「法螺話の快楽」なんじゃないかという気がします。呆れるほど大げさで、辞書並みのボリュームがあり、本筋を忘れるくらい細部に凝りまくり、歴史が語らぬ時間の空隙に忍び込み、ついにはこの現実をも獰猛に侵犯しようとする法螺話。嘘っぱちだとわかっているのに、ちょっと油断してガードを下げた途端に現実という拠りどころを崩しにかかってくる、そんな攻撃性をはらんだ法螺話。力ある物語とは、虚構とは、本来そういう侵略的な性質をもつものではないだろうか。 そもそも本読みにとって何がいちばん恐ろしいかといえば、「真っ赤な嘘の物語が、あるいは本当のことかもしれない」という疑いを抱かされることなんです。 スウィフトやマーク・トウェインが過去の遺物となって久しい現代の小説読者に対しては、こういう法螺話本来のパワーに頼った作品は通用しにくくなっているかもしれません。流行にそぐわないため一般受けはしないかもしれません。しかしそれでも、古川日出男はあえて正攻法にのっとって法螺を吹きます。ありったけの言葉を詰め込んだ、法螺話の巨大な塊を。そして、これだけのエネルギーをもってすれば力勝負はまだ十分可能であるということは「アラビアの夜の種族」ではっきり証明されたと僕は思うのですが、どうでせう。 ──── 古川作品の虚構性に対する強い執着については、目的とするところは皆川博子にちょっと近そうな気がしたり。手法的にはマルケスや筒井康隆、大江健三郎がやったような捏造神話の系統なんでしょうけど。 この本がもし犬の系図を添付してくれていたら、大勢の読者からものすごーく感謝されたに違いない。誰か作ってないだろうかと思って探したらわりといた。でも系譜を付けないのは古川氏自身の方針なのだそうで、しかもそれは他でもない百年の孤独にならったものだという。百年の孤独に系図は付いてないほうがいいか?と問われたら、ないよりはあったほうが単純に便利な気が僕はするのだが、どうでせうね。 ちなみに系図のこともさりながら、僕は物語中に登場するいろいろな犬種に対してビジュアル的なイメージがほとんどもてず非常にはがゆい思いをしました。蛇足ついでに犬の顔写真リストも付けて欲しかったなあ。
by umi_urimasu
| 2006-07-05 22:41
| 本(others)
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