売られぬSFのバラッド
ちょ、んなバカな。コードウェイナー・スミスって今、絶版!?
なんてこった。血も涙もないんか早川書房。正確に絶版かどうかはハヤカワのサイトがまったく情報を載せてないのでわかりませんが、ともかく当分新品が供給される望みはなさそうです。むすー。

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検索してみると、スミスの「ノーストリリア」「シェイヨルという名の星」、コニー・ウィリスの「わが愛しき娘たちよ」、アルフレッド・ベスターの「虎よ、虎よ!」、いずれも邦訳版は絶版/品切れ状態でした。これほどの有名タイトルがかくも冷遇されなければならないほどに、日本のSF小説市場は落ちぶれてしまったのでしょうか。特にスミスは大好きな作家なのでへこむ。売れない本をいくら刷っても商売にはならない、という売り手の事情もわからないではないんだけど。それにしたってなあ。
ちなみにスミス、ベスターは中古ならまだ入手可能。「わが愛しき娘たちよ」はすでに半レアアイテムと化しているようです。amazonでは4500〜6800円の高値が。文庫本なのに。


でもまあ、ただ愚痴ってても仕方ないです。この状況を少しでも好転させる、新しい読者の興味を古典的名作SFに向けるいい策はないものだろうか。僕も考えてみようと思う。

んー。たとえば、セレクタブル・ブックカバーという案はどうじゃ。

まず狙いはライトノベルブームに便乗して古いSFの売り上げを伸ばすこと。そこでジュニア人気の高いイラストレーターやデザイナーを起用し、それっぽい表紙で古典作品を復刊する。PR次第でそこそこの販促効果はあるでしょう。ただしこの手はライトノベルテイストの加減がむずかしく、「名作の品位を穢すな」と古参のファンの反感を買ったり、コラプシウムの例の表紙みたいにネタで終わってしまうリスクがある。「ドゥームズデイ・ブック」も、文庫版の表紙デザインはかなりの不評をこうむったといいますしね。
ではどうすればいいかというと、読者がそれぞれ自分の好みの表紙を選べるように、複数種類の表紙カバーで「バージョン違い」として売り出せばいいのです。実際、CDレコード業界なんかではよくやる手だし。ライトな絵柄と渋い絵柄、というふうに分ければ、ラノベ客層とコアなSF客層の両方に対応できて一石二鳥。そしてライトな表紙は書店のラノベコーナーに、渋めの表紙はSFコーナーに、それぞれ別々に積んでおけば、どちらの消費者も抵抗なく同じ内容の本を買うことができるわけです。これぞセレクタブル・ブックカバー・システム。略してSBCS。

もちろん、それなりに「テイストの合う」作品にしか使えない手かもしれません。でもコードウェイナー・スミスならたぶん大丈夫じゃないかなあ。ある意味、現代日本の萌え文化の原点みたいな存在だし。
どうでしょうねこのアイデア。あ、そうですか、ダメですか……。
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by umi_urimasu | 2006-06-23 22:22 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
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