「あなたの人生の物語」2
レビューからはみ出た分を整理しようとしていたはずが、いつのまにかこんなことに。

「あなたの人生の物語」

異星人言語の研究を通じて時系列の順序にとらわれない「同時的」人生観を獲得した学者が、未来の娘に向かって語りかける物語。変分原理にのっとって到達する確定的なできごとを語る淡々とした口ぶりは、自由意志なき運命に対する諦めとも取れるし、それでもその人生を歩むのだという「親」としての決意のあらわれとも取れます。お母さんタフだよお母さん。

ただ、真の同時的認識とはどのようなものなのか、それによって世界を見る目がどれだけ劇的に変わるのか、想像はできても実感を得るには至りませんでした。正直、悔しい。
人生のイベントすべてを俯瞰的に捉え、既知の未来へ最小の到達距離をえらんで進むという考え方は、まあなんとなくわかる。人生の各地点を常に目的地からたどり直すような感じだろうと。しかしあくまでそれは「なんとなく」です。むしろ、読めば読むほど「肝心なところが実感できない」感覚の方が強く際立つ。それは「連続的なデジャヴ」みたいなものなのか? または全生涯の青写真が脳内で常時再生されているような感覚か? それとも単純に、ただの未来視なのか? 現象的には三番目っぽい。でもそれは、人間の意識、記憶、言語がすべて逐次性に支配されていて、同時性の表現自体が不可能だからそうなってしまうだけなのです。
この作品はその概念を「説明」してくれてはいるけれど、表現としては結局、単なるイベントの倒置にとどまりました。つまり、人間が行けるのはせいぜいそこまでだと。
そのへんがどうにもはがゆくてな。

「地獄とは神の不在なり」

地上には時折、天使が降臨する。彼らは竜巻をまとい、雷を落とし、無辜の人命を無差別に奪ったりあるいは救ったりしたあと、来た時と同じくぷいと天に還ってゆく。神は正しく神であると同時に、その御業はただの自然災害でもある。そんなキリスト教的パラレル世界で、死んだ妻に逢いたいがために信じてもいない神を愛そうとする男の末路を描いた作品。聖書のヨブ記に対する不満をもとに書かれた話なのだそうで、救いのないドライな結末が印象的です。

しかしこと無宗教者にとっては、自明すぎるゆえにかえって衝撃の薄い作品かもしれない。これは神への無償の愛の尊さを讃える話ではないし、宗教の功罪を問う話でもありません。おそらく「ヨブ記、それ違うだろ?」という、本当にただそれだけの話ではなかろうか。言いかえれば、この作品は自然災害の被災者の宗教的救済に関して、キリスト教のフォーマットを用いた場合に万人を納得させうる「真の信仰」のひとつの形を提示していますが、それが別段いいことだとも、皆にそうしなさいと言うつもりもないだろうってことです。「だから何なんだ」と問われたら、「いや、別に」と。
まあ、どっちにしても可哀想な話には違いないが。

ちなみに内容とは関係ないですが、ダウンタウンに天使が降臨して死をまき散らすという現代黙示録的なイメージには無性に惹かれました。これで天使がギーガーデザインだったりしたら、そのまま映画にしてしまいたいぐらいだ。

「顔の美醜について」

容貌の美醜を判断する脳機能だけを除去する技術の実用化にまつわる騒動をドキュメンタリー風に構成した社会シミュレーションもの。"平等"の概念に関する社会問題のパロディと言ってもいいでしょう。もしこれがイーガンなら、おそらく小説的な見栄えにはあまりこだわらず、ぱっぱとアイデンティティ問題に突入していくだろうと思います。でもそこをあえてこだわるのがテッド・チャン。細かいとこまでよく出来てるぜ。
こういう"なんちゃってノンフィクション"風の演出、僕はけっこう好きな方です。現実の異化をもたらす偽作性に惹かれる。そういえばカレル・チャペックの「山椒魚戦争」でも、架空の新聞記事のところとか妙に気に入ってたしなあ。

「ゼロで割る」

ある数学者が1=2を証明してしまった。「1=2でもいいじゃない」と割り切れない律儀な学者の不幸。この作品を読んだ人のうち九割は、「別にいいじゃんそんなの」と思うにちがいない。僕もそう思う。しかしヒルベルトはかつてこう言った。「もし数学的思考に欠陥があるとしたら、いったい我々は真理と確実性をどこに見いだせばいいのか?」確固としたものを強く信じる人ほど、それが壊されたときに激しく落ち込むものなのだ。でも自殺は良くないよ。

多すぎてまとまらないので「バビロンの塔」「理解」「七十二文字」についてはオミット。
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by umi_urimasu | 2006-02-06 23:22 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
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