悪いことは言わん、これだけは読んどけ。
時代の寵児イーガンが放つ究極のハードSF「DIASPORA」。やはりというか、凄まじい内容です。想像力の限界を軽くぶっちぎる奇想、シナプスを灼くような思考の疾走、人間が認識し得る極限の哀愁。何から何まですごすぎる。すでに古今不朽の名作の地位を確約された一冊と言っていいでしょう。 「ディアスポラ」を読んだ人が一人でも多く、この宇宙の、この時空の一点に生まれてこの本を手にしたという幸福を共有できるよう願わずにはいられない。 最後まで読むのがひと苦労ですが。 西暦30世紀、人類の多くは精神をソフトウェア化し、ポリスと呼ばれる仮想空間の中で半永久的な生を送るようになっていた。しかしある時、中性子星の連星衝突による突然のガンマ線バーストが地上世界と肉体人をあっけなく絶滅させてしまう。いつまた起こるかもしれないバーストの原理を解明し、また他の知的生命を探すべく、ポリス人たちは自らのコピーを大量に作って宇宙のあらゆる方向に派遣する〈ディアスポラ〉計画を発動させた。 そしてポリス生まれの〈孤児〉ヤチマは、長い長い旅路の果てに、先駆者たちが足跡を残した最後の宇宙へと踏み込んでゆく。そこで彼が手にしたものとは───。 ──という、"深宇宙オデッセイ"的な物語。ただし、時間と空間のスケールが笑ってしまうぐらいに桁外れです。多元宇宙を猛スピードで駆け登っていく終盤のラストスパートは圧巻中の圧巻。 そして読了後、ふと考えてしまう。 純粋な数学的思考によってアイデンティティを獲得し、人間関係を築き、豊かな精神を培っていったヤチマにとって、数学的概念の重さとはいったいどれほどのものだったのだろうかと。267兆レベルのワームホールをくぐり抜け、900億年の刻を飛び越えた彼が最後につぶやいた言葉は、 「つまるところ、すべては数学なのだ」 だったのです。うーむ。行き着くとこまで、行くべくして行ったと言うべきか。 とっくりと考えさせられる結末でした。 イーガンの作品には、認識論的なテーマを物理的なものさしでスケールアップしていくというパターンがよく出てくるように思います。このスケールアップ点は、作品によっては一つしかないこともありますが、「ディアスポラ」の場合はいわばスケールアップのn乗という形になっています。小さな〈ポリス〉から現実の地上へ、地球から太陽系へ、太陽系から銀河系へ、さらに宇宙全体へ、ワームホールを通って他の宇宙へ、他の他の他の他の宇宙へ……。 この膨張しつづける世界のサイズについていくためには、読み手の視点もそれだけ大きくならなければいけません。気分的には、電子顕微鏡から宇宙望遠鏡までの倍率をぜんぶカバーする万能ヴューアーをのぞいているような感じかな。 それの何が面白いのかと言われても困るんですが。なんか面白いんですよ。読了してから第一章を振り返ると、もう慄然とするしかない。 思えば遠くへ来たもんだと。人間万歳っすわ。 「宇宙消失」は一発のアイデアで宇宙をひっくり返す話でしたが、「ディアスポラ」ではそういうアイデアはほぼ各章に一発の頻度で何度も出てきます。これはかなりお買い得なことではなかろうか。回数だけでも並のイーガンの約8倍は驚けるってことになるからね。 あと、物語の舞台や雰囲気が章の区切りでがらりと変わったりするスタイルもいい気分転換になってくれました。 第4部で、波間に漂う〈ワンの絨毯〉(じつはなんと、フーリエ空間生命体!!)が出てくるあたりは、なにやらレムの「ソラリスの陽のもとに」を思い出させます。ポリス人はもともと仮想空間住まいなわけだから、やろうと思えばああいう世界も知覚できるんだよなあ。 しかし、そこはやはりイーガンと言いましょうか。〈絨毯〉のアイデアすらかすむ5次元ヤドカリ生物が出てくるに至って、頭の悪い読み手としては普通の意味でのビジュアル的な想像はあきらめざるを得ませんでした。うう。そんなもん、三次元人の俺らが直感的にわかるかっつーの。 数学の専門家ならああいうのも自在に想像できるのだろうか。うらやましいこった。 ──── 以降戯れ言。 ガチガチの理論系ハードSFというイメージが先行していて、大笑いできるユーモアなどとは無縁に見えるイーガン作品ですが、ときどき苦笑いな箇所が見つからないこともないです。 「銀河を征服するのは、宇宙船に乗ったバクテリアのやることだ。分別もなければ、他に選択の余地もないのだから」 とか。これを言われたら銀英伝とか星界の紋章は立つ瀬がないぞ。 あー、あと、オーランドとパオロの関係も考えてみれば可笑しいかも。人間はソフトウェア存在になってもまーだ親子ゲンカなんてするのでしょうかね。 さてと、書いた書いた。 まだまだ書きたいことは尽きませんが、とりあえずいったんカット。ヤチマ萌えー。
by umi_urimasu
| 2006-01-07 00:06
| 本(SF・ミステリ)
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