いやはっは。かなりの珍書でした。
言葉の洪水、極彩色の飾り文句で埋め尽くされたおとぎ話の巨大な塊とでも言いますか。濃厚な饒舌が、美麗を通り越して醜怪の域にまで躊躇なくなだれ込んでいってしまう狂いっぷりが凄い。文体の快楽性でいえば筒井康隆に近いものを感じます。 主人公のひとりサフィアーンが石室で体験する夢のあたりのドラッギーな描写などは圧巻! 読後の疲労感と満腹感は、ちょっと「はてしない物語」に似てました。 虚構の階層を何度も上がり下がりする話というのは、読み手の側も階層の数に合わせて二重存在、あるいは三重存在にならなきゃいけない分、多層構造でないものより精神的に疲れやすいみたいですね。下がるときはまだいいけど、上がるときがしんどい。夢から醒めるのに似た気分なのでしょうか。いつも「ああ、また戻んなきゃ……どっこいしょ」って思う。 まあそうした疲労もまた快楽の一部なわけで、楽しくはあるんですが。 西暦1798年。 エジプト侵攻をもくろむナポレオン艦隊はアレクサンドリアを陥落させ、今にも首都カイロに攻め入ろうとしていた。武力では近代化したフランス軍に対抗できないと考えたマムルークの支配者イスマーイール・ベイは、高級奴隷であるアイユーブが進言した対仏軍の秘策を受け入れる。すなわち、読む者を魅了し破滅に至らしめる稀代の物語を記した「災厄の書」をナポレオンに献上して読ませようというのだ。 武力によらず、ただ一冊の本の魔力によって侵略軍を退けるべく、探し出された語り手・ズームルッドによる口伝の筆記が始まる。 R.O.Dですかー? 幻詩狩りですー。 そして略奪と蹂躙が目と鼻の先に迫る中、眠れる都では毎夜、妖艶なおねーさんが語るちょっとえっちでウルトラバイオレンスな幻想譚を寝不足の書家がハァハァ言いながら書きとめていたり。 そらカイロも陥ちるわい。 以上が前フリ。作品のメインとなるのはこの「災厄の書」の中身です。 雰囲気としてはまあ、モロにアラビアンナイトですね。ただし「アラビアの夜の種族」がユニークなのは、中身ももちろんですが、「本」自体がさらに階層をひとつさかのぼって、ある対読者トリックを含めてようやく完成するという構成。これ、かなり凝ってます。民間伝承の邦訳書という体裁をとり、序文・本文・注釈・あとがきに至るまで完全に偽造してのけるという恐るべき周到さです。たとえアイデアがあったとしても、このボリュームでそれをやってしまった作品は前後に例を見ないでしょう。 「に、2000枚かけてやることかー!」と。叫んだよ。まったく。 壮大というか無茶というか、さすがに日本SF大賞・日本推理作家協会賞をダブル受賞してのけただけのことはあるかなと。実際、読み終えても原書が実在すると信じたままの読者も少なくないとか……。ほんまかいな。 というふーなシロモノでした。 広義の意味でファンタジー好きな人、メタフィクションフェチな人、ロールプレイングゲームにおける物語性の意味にこだわってる人、筒井康隆好きな人───その他、どんな視点からであれ、自覚的な「フィクション」好きであるすべての人々に、この大作をば強力におすすめしたい。面白いぞう。 ボリュームがボリュームだし文体も文体なので、敷居は決して低くないと思いますが。
by umi_urimasu
| 2005-11-30 00:41
| 本(others)
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