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「老ヴォールの惑星」小川一水
「老ヴォールの惑星」小川一水_a0030177_0302514.jpg「復活の地」と「第六大陸」でしか小川一水を知らない僕にとって、これはちょっとした変化球でした。内容にも作風にもそれなりのばらつきを持たせた計4編。もっとも、いくらバリエーションが増えたところで「土方上等! 現場主任の俺が一番偉い」というあの信念の固さには1ミリの揺らぎもなかったんだが。

現実を最良のモデルとしてシミュレートされる小川一水の想像社会劇、それ自体は好きなんですけど、プロジェクトX魂至上主義みたいな部分だけはちょっと苦手です。性善説的な信念とか理想くささがどうにも煙たくて。ただし、今回はそうしたガテン系の人間礼賛が多少抑えめになっている分、より万人向けと言えましょう。メインテーマもよりSFらしく、よりニュートラルに、「環境への適応」。

いや待て、それ本当にニュートラルなのか。
今度は「環境に適応できる俺が一番偉い」とか言い出すんじゃないのか。

と、いうようなことはないのでご安心めされ。


おすすめは表題作「老ヴォールの惑星」
風変わりな異星生物の視点で展開する、なにやらSF版「スイミー」みたいな趣の作品。登場するのは、絶え間ない嵐の惑星に棲むプラズマジェット推進飛行金属魚たち。異質な環境に順応した彼らの生態は不思議に美しく、ビジュアルは透明感にあふれています。散文的な説明文が新鮮な驚きをトリガーしてくれる、狙いすましたSOW。さらにそこからファーストコンタクトものへと発展してみたり。「これってもしかして、木星?」と気づく一瞬が山ですね。
まあ設定や結末にはやや無理ありな気もするが。気にしたら負けだ。

「漂った男」は一見まぬけな漂流コント、じつは友情熱血メロドラマ。陸のない惑星に不時着した兵士タテルマは、通信機を介した母星とのやりとりを心の支えに救出を待ち続けるが、いつまで待っても助けは来ない。栄養満点の海水とギャグ話だけで、人はいったい何年生き延びられるのか。お涙頂戴な展開には異論もありますが、そのベタな人間肯定こそが小川一水らしい点なのでしょう。良作。

「ギャルナフカの迷宮」も、この人らしい社会構築シミュレーション。地下迷宮に幽閉された政治犯たちが、原始時代に等しい無法状態の中から民主的な社会を築きあげるまでを追っていく年代記。オチがピュアすぎて可哀想なぐらいです。そんな奇麗ごと、北○鮮じゃたぶん通じませんて。あと、ヒロインに「はくぅぅっ」とか「ひぃんんっ」とか「赤ちゃんできちゃったみたい」とか好き放題言わせまくってたのにわろた。この人、セックス描写まで理想主義っぽいよなあ。

そして「幸せになる箱庭」。4本中でこれだけは、残念ながらボーダーライン以下と断じた作品でした。ソラリスっぽさの匂う平凡なVRネタですが、アイデアも展開も結末も、何もかもが既視感バリバリ。なぜ今さら。そこはグレッグ・イーガンが15年ほど前に通過した場所だぞ。
あと、暴言を承知で言うけど、このテーマをやるためには小川一水の描く人物は「いいひと」すぎる。

とまあ、こんな感じで。質量ともにお手頃、癖のない内容と文体、場外ホームランとはいかないが手堅いシングルヒットを重ねて余裕で生還といったところでしょうか。国内SFそのものやライトノベルあがりの作家に対する根深い偏見を捨てきれない人々に、「ま、そう毛嫌いせんでも」と手渡して反応を見るのも一興かと。

ちなみに、小川一水をこれから読もうという人に勧める最初の一作を選ぶとしたら、やはり「復活の地」を挙げさせてもらいます。問答無用。

アニメ化まだー? 俺はあきらめんぞ。


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おまけ。最近のマジですか。

1) ゲド戦記、宮崎駿+ジブリでアニメ化の噂。噂? とりあえずまるのうらがわに書いてありました。ゲド好きとしては複雑。

2) 京極「邪魅の雫」出るのか出ないのか、どっちですか。両方ですか、オラオラですか。

3) アルスラーン戦記(11)魔軍襲来。うわ、出た。純粋に驚いた。

4) エルリックサーガが現在絶版らしいこと。ぐーぐるでamazonが一発もヒットしなかったことに愕然としたよ。
by umi_urimasu | 2005-09-21 00:38 | 本(SF・ミステリ)


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