「忍法八犬伝」山田風太郎
a0030177_23562140.jpgわが恋は 月にむらくも 花に風とよ───

ん。比較的尋常な作品だった。


というかこれまでが尋常でなさすぎた。甲賀忍法帖、魔界転生、柳生忍法帖、風来忍法帖と、ほとんど神域に達した傑作ばかりを読んできたせいで、あれが普通なんだという錯覚を起こしかけていたらしい。もちろんこれだって、そこらの並の娯楽小説群の中に置いたらまちがいなく傑作に見えると思うけど。

慶長十八年、八犬士の武勇伝も今は昔となった時代。
里見家の家宝である八つの宝玉が、将軍家への献上を前にして偽物にすり替えられるという事件が発生した。大阪の陣を控え、後顧の憂いを断つために里見を取り潰させよという幕府の密命を受けた、伊賀の服部半蔵のしわざであった。
「忠孝悌仁義礼智信」の八玉を、「淫戯乱盗狂惑悦弄」に──。

山田くん座布団一枚ね。

とか言ってる場合じゃあない。もし期日までに本物を取り戻せなければ、お家断絶は免れないのだ。事ここに至り、甲賀忍法を修めた里見八犬士の末裔がついに立ち上がる。


こう書くといかにも燃える話みたいだが、そうは問屋が下ろさなかった。
じつはこの八犬士、忍者とも武士とも名ばかりのぐうたらで身勝手な風来坊ばっかりなのです。家督断絶の危機と聞いても、最初のうちは「関係ねーよ、勝手に潰れれば?」と知らん顔。そんな彼らが態度一転、命を賭して宝玉を取り返そうと動き出すのは、主君の奥方である村雨姫の一途な思いに打たれてから。この姫がまた、育ちは高貴で心も清く、御歳とって十七の世にも稀なる美少女で、まあ要するにそういうわけだ。

全編をつらぬく明るいノリとアイドルへの献身という物語要素は、言うまでもなく「風来忍法帖」と同じパターンですね。発表年も同じ1964年。だが惜しいかな、こちらは「風来」よりも全体に少し雑なつくりになっている気がする。「風来」の流れるようなストーリー展開に比べると話のつなぎ方にやや無理が見えるし、各キャラクターの印象もなんとなく薄め。
とはいえ、これはこれで適度なゆるさを楽しめていいのかもしれません。しかも忍法の荒唐無稽さは呆れかえるぐらいのはっちゃけぶり。クライマックスもかなり派手だし。

凄艶・女かぶき江戸城全裸大血戦!!


というか全裸は基本ですか。


それが山風クオリティ。


───
山田風太郎の忍法帖に、いわゆる円満解決なハッピーエンドというものはありません。
もの悲しく、それでいてどこかさっぱりとした結末の底には常に、おもしろうてやがてかなしき、国破れて山河あり、の精神が流れています。これはたぶん、日本的なエンターテインメントのエッセンスの一部なんじゃないかと思う。江戸時代の大衆娯楽の金字塔といわれたオリジナルの南総里見八犬伝にも、それはあったんじゃないだろうか。日本人なら誰の心にも響く、素朴で凛とした感性が。
そしてそれは、失ってしまうのがとてつもなくもったいないものではないかという気がするのです。もはや現代の小説からはほとんど感じられないその純日本的な娯楽のエッセンスを、風太郎の作品はかなりの高純度で保持していて、だからこそ我々は忍法帖に惹かれるのかもしれない。己の心に足りないものを補おうとして。


ああ画像が貼れない……>あ、貼れた。05/09/16
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by umi_urimasu | 2005-09-15 23:49 | 本(others) | Comments(0)
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