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「輝く断片」T・スタージョン
「輝く断片」T・スタージョン_a0030177_22545789.jpgああ! う…美しすぎます!

とりあえず、「マエストロを殺せ」と「輝く断片」が破壊力ありすぎ。この二つのおかげで他の収録作品が全部どうでもよくなってしまうほどのクリティカルヒットでした。
一冊の短編集としては「何だこりゃ」ってのも混ざってたりしますが、そんなの関係ない。たとえ他が全部救いようのないカスだったとしても、この二本だけですべて許せる。それぐらいのパワーがある。
噂は聞いてるけど1900円出すのもったいないとかのんびり読む時間がないという人は、まず上記二本を立ち読みされるとよろしい。1時間で済むから。ブッ飛ぶぞー。

ちなみに僕にとっては本作が初のシオドア・スタージョンです。いわゆる一般的なスタージョンはもう少し親しみやすいSFで世に知られているようですが、これはこれでいい出会いだったと思うな。


では収録作品のうちのおすすめ二本をご紹介。

「マエストロを殺せ」

ジャズバンドの中で起きた殺人を扱った心理小説。
いやもう凄い。冒頭のツカミから最後の一動作まで、テトリスのようにかっちりぴったり胸に落ちてきました。何も持たぬ者がすべてを持てる者に抱く憧憬、嫉妬、憎悪。そうした感情の澱がやがて殺意に変じ、噴出した炎が自らを灼き尽くすまでを、崩れたバンドマン言葉であざやかに描き出す語り口。たったこれだけの枚数で、どうしてこれほど深い共感を与えられるんだろう。
音楽小説としても読める表現力豊かな文体ですが、ストーリーそのものはきわめて平易。たぶん誰でもやすやすと主人公に馮憑でき、ほとんどまったく同じ衝撃を受けるんじゃないかと思います。アキラで言うところの金田と鉄雄の関係みたいなものですよ。
その意味ではものすごくわかりやすい作品。だが普通に書いて誰にでもこれができるかと言えば、絶対に無理だ。

「輝く断片」

雨の夜、路上で瀕死の女を拾った孤独な男。「おれやる、全部やる…」彼は傷の治療から身辺の世話まですべてを自分ひとりでやろうと決意する。
話自体はよくある監禁サイコスリラーの典型で、先の展開もだいたい読める作品。なのにどうしても「こんなのよくあるだろ」と思えないのが不思議です。冒頭の手術シーンの描写が強烈すぎるせいで、主人公視点の物語世界から一歩も抜け出せなくなってしまうらしい。見え見えのパターンなのに、あの結末にはやっぱり一撃くらってしまった。
ほんと、たったの40ページでどうしてこういう真似ができるんだ、この作家は?


───
以下、少々突っ込んだ話を。

「輝く断片」の主人公に対して僕が覚える共感は、トールキンの「指輪物語」の登場人物であるゴクリに対するそれに近いようです。両者とも世間から蔑まれつづけてきた孤独な存在で、光り輝く宝物を思いがけず手に入れ、それに囚われる点でもよく似ています。
ここでの宝は愛を知らない者が欲しがる愛の代用品にすぎないわけですが、しかしたとえ偽物であっても、彼にとっては唯一の生きがいであり、二度と同じものは得られない、だから何がなんでも絶対に失いたくないと考える。
そして、そんな彼を本心から軽蔑したり嘲笑したりできる人が、この社会にいったいどれくらい居るものだろうか?少なくとも僕は笑えない気がするなあ。

人間は誰でも、一度得たものを失くすことを嫌うものです。そして得るものの少ない者ほど、手に入れたものを大切にし、決して失うまいとする。社会が許す範囲を越えてしまえば、それは犯罪行為になったり異常心理と呼ばれたりするけれど、元をただせば誰もが抱いているありふれた欲求にすぎない。それならむしろ、スタージョンの描く異常者はより人間らしくあろうとした人間だとすら言えるんではないか。マクライルにせよフルークやルウェリンにせよ、みな悲しい末路を辿るけれど、彼らは実は少しばかり人間として正直すぎたというだけかもしれない。人の域を越えた英雄たちがひしめく指輪物語の中でずばぬけて「人間」らしく、自分の欲にあくまで忠実だったゴクリのように。
んー、けっきょく何が言いたいかというと……
つまり、ミステリーとかサイコサスペンスとかいう呼び方はいかにもジャンル小説的に聞こえますが、これって実は単なる人間小説でしょうよ、といいたいわけ、なのかな。
自分でもよくわかんなくなった。

ちなみにこの本、SFはともかくミステリじゃないだろと思うんですけど、世間的には一応ミステリのカテゴリに分類されてるみたいなので僕もそれに倣っておきます。

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補足。
「輝く断片」「マエストロを殺せ」の二本に比べると、他の収録作品はやはり少々見劣りするかもしれません。「ニュースの時間です」「ルウェリンの犯罪」あたりはいいとして、その他の短編はどうもインパクトが薄い。こういっちゃ何だけど、くだらないネタで笑いをふりまいてはっはっはバッカでーというやっつけB級SF的な臭いがする。もちろん精妙な人間描写は十分に楽しめるんですが。
ともかく、おいしい作品は後半に偏っているので、これから読まれる方はその点にご留意ください。おすすめ二本だけを立ち読みで済ませるのも一手だよ。
by umi_urimasu | 2005-08-23 00:13 | 本(SF・ミステリ)


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