本レビューから漏れた雑感など。
これ、体裁としては長編ですが、印象としてはむしろ「密度の高い短編」を読んでいるような感じでした。物語としては大して濃いものじゃなく、それよりも議論の肉付けにあたる部分がけっこう場所を食ってる。じつはほとんどワンアイデア・ストーリーなんですね。 「祈りの海」と「宇宙消失」を読み比べたかぎりでは、グレッグ・イーガンという人はやっぱり長編より短編の方が得意な作家なんじゃないかと思います。 とはいえ、アイデアの数は少ないのにこれだけの長さを無理なく読み通せるように仕上げてしまったというのは、それはそれですごい。しかもこれほどコアなテーマを扱いながら、外面はサイバー探偵活劇になっている。さすがというかご苦労様というか。 理屈っぽいSFが苦手な人にも読ませたかったのかな。 原題は〈quarantine〉。 隔離、検疫という意味だそうです。なるほど、「ブラッド・ミュージック」っぽい展開も無理なく連想できるタイトルだ。文庫巻末の解説によれば作者本人もグレッグ・ベア好きだとか。あと、語感的にquantum=量子とかけてあるのかもしれません。 個人的には、邦題よりも原題の方がお気に入り。SFとして売るために科学っぽいタイトルをつけるのは判断としては正しいんでしょうけど、「宇宙消失」って聞くとなんだかあまりに即物的すぎてひるんでしまう。SF好きの中でも、タイトルだけ見てイーガンを避けてる人、かなりいるんじゃないでしょうか。 もちろん今では僕も、どんなにつまらんタイトルだろうがイーガン作品なら何でも読むぞって気になってますが。 お得意のナノテク・バーチャルリアリティ、この「宇宙消失」にもしっかり登場します。ナノマシンで脳神経を直接操作できてしまうニューロ・アプリ、通称〈モッド〉。ちょっとかっこよかった。 ただ、近未来的サイバネ・ガジェットがいくら出てきても、イーガン作品は多くのサイバーパンクのようにそれらを享楽的に味わわせようとしないのが特徴みたいです。脇目もふらず一直線にアイデンティティ問題に飛びついていくって感じ。その辺少し性急すぎるというか、ときにはちょっと道草するぐらいの遊び心があったらと思わないでもない。それもまたイーガンらしいけど。
by umi_urimasu
| 2005-08-04 01:04
| 本(SF・ミステリ)
|
最近のエントリ
「ゾンビ・ダイス」のようなものをお手軽に自作して遊ぶ
シルヴァン・ショメの異形の世界 「朝鮮通信使いま肇まる」 荒山徹/「マルドゥック・フラグメンツ」 冲方丁 「ザ・スタンド」 スティーヴン・キング 「ねじまき少女」 パオロ・バチガルピ 荒山先生はいつも楽しそうでいいよな 「友を選ばば」 荒山徹/「痩せゆく男」 S・キング/「大暗室」 江戸川乱歩/他 日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか 「異星人の郷」 マイクル・フリン 路傍のラピュタロボット 「ペット・セマタリー」 スティーヴン・キング すべての美しい木曽馬(?) すべての美しい競走馬 スティーヴン・キングに(ようやく)目覚めた ゲームのリアルリアリティ 中世の料理と風呂について: 司教様ご一行フルコース食い倒れツアー 統計: ファンタジーにおけるドラゴンの流行色 ロシアの伝説に残るユートピアとしての日本国 テッド・チャン インタビュー [2010.07] "On Writing" 時代小説、SF、ボーイズラブ、大食死 あとゾンビ 「テルマエ・ロマエ」 第1巻 ヤマザキマリ 忍法帖の姫キャラ比較 覚悟のススメみたいなノベルゲーム探してます 「天地明察」 冲方丁 映画 「第9地区」 映画 「シャーロック・ホームズ」 一生に一度は行ってみたい空想都市 荒山徹作品の再現コラ画像 「年間日本SF傑作選 超弦領域」/他 「ブラッド・メリディアン」 コーマック・マッカーシー PCが壊れると積読が崩れる トールキン「ホビットの冒険」訳文チェック 「柳生天狗党」 五味康祐 「ユダヤ警官同盟」 マイケル・シェイボン 映画 「ストレンヂア 無皇刃譚」 「あなたのための物語」 長谷敏司 「自生の夢」 飛浩隆 「洋梨形の男」 ジョージ・R・R・マーティン 「息吹」 テッド・チャン 年とるとライトノベルが読めなくなる 「海島の蹄」荒山徹 「煙突の上にハイヒール」小川一水 「柳生武芸帳」五味康祐 Yahoo! 剣豪知名度ランキング 「鳳凰の黙示録」荒山徹 「乙嫁語り」森薫 「すべての美しい馬」コーマック・マッカーシー 「順列都市」グレッグ・イーガン カテゴリ
以前の記事
最新のトラックバック
ライフログ
その他のジャンル
記事ランキング
|
ファン申請 |
||