「エンダーのゲーム」 オースン・スコット・カード
a0030177_2316587.jpg決戦存在、人類最後のヒーロー、〈ENDER=終らせる者〉──何と呼んでもいいけれど。侵略異星人を滅ぼし人類を勝利に導くための司令官として育てられた天才少年エンダー、彼の孤独な戦いと成長の物語。
〈エンダー〉シリーズの壮大なプロローグとして、ヒューゴー賞・ネビュラ賞の両冠に輝いたオースン・スコット・カードの初期長編。


小学校に上がるかどうかの年齢で、孤独と絶望の何たるかを知ってしまう子供というのは、いったいどのようなものだろう。彼にとって世界とはおそらく、大抵の子供にとってそうであるように、居心地よく、庇護され、無知や甘えや愚かさが許される温かい場所では到底ありえないに違いない。

この物語は、六歳のエンダー・ウィッギンがいじめっ子グループに取り囲まれ、彼らを逆に地に這わせ、相手が抵抗不能になってもなお痛めつける場面から始まります。
高い知能と統率者としての適性を認められて、宇宙艦隊の指揮官養成学校へ編入されたエンダー。そこでひとりぼっちの彼を待っていたのは、厳しい訓練、理不尽の度を増していくバトルゲーム、そして容赦のない嫉妬や迫害でした。わずかな友情の芽も大人たちに摘みとられ、ようやくリーダーとしての地位を確立したエンダーをさらに追いたてる非情な試練。たとえどれほど過酷な状況に陥ろうと、助けはどこからも、彼の所にだけは絶対にやってこないと思い知らされる日々。
激しい競争社会の中で幼い彼が学んだのは、あらゆるハードルを自分ひとりでクリアする以外に生きていく術はないということでした。廃人になれない以上、彼はそうするしかなかった。わずか11歳で有能無比の司令官に成長したエンダーは、だからいつまでも孤独な少年のままです。
唯一の心の拠りどころである実姉ヴァレンタインの存在をのぞいて。そして片手で数えられるほどの、幼い戦友たちをのぞいて。

壮大で、繊細で、示唆に富んではいるけれど、ちょっとやりきれない話。
でも読後感は悪くない。苦難のどん底から一転、偉大な栄光へ。窮屈な学校から、一瞬にして巨大な世界へ。この痛快な手のひら返しが、ドラマをドラマたらしめる技術であり、万人に感動を与える理由だと思います。僕は少々へそ曲がりなので、「そんなに都合よくいかんだろ普通」とか「リアリティがねえ」とか戯れに呟きますけど。
いや、実際いいものだよこれは。キシリア様に届けんとな。

しかし、この作品の真に傑作たる所以は、ひとえに「子供の描写力」。
子供の心理描写がやたらに巧いんですよ。設定なんて呆れるほど凡庸なインベーダーSFだけど、ここまで子供が描けるのならSFとしての目新しさなんてまったく必要ないと思わせるほどに。
正直、僕も読む前はちょっと侮ってました。あらすじだけ見て、どうせハリーポッターみたいなもんじゃねえの?って。だが違う。全然違う。「ブラッド・ミュージック」や「スキズマトリックス」を破ってヒューゴー/ネビュラをダブル受賞してのけたのも、今なら自然に納得できます。

人物造形については、エンダーをのぞくと、彼の兄と姉のキャラがかなりいい線行ってました。残虐で狡猾な性向を押し隠し、情報操作による世界支配を企てる長兄ピーター。そんな兄の本性を知り尽くし、自分にも彼と同じものが潜むことを恐れつつ弟を守ろうとする姉、ヴァレンタイン。ヴァレンタインとの交流がなかったら、そしてピーターとの対比がなかったら、この話はまったく救いようのない残酷一辺倒なものになりかねなかった。それに彼らの描写は、子供社会のパワーゲームばかりに偏りがちな物語を適度にゆさぶるリズムをも与えています。こと子供描写にかけては、ほんとによくできてるんだってば。

あと、エンダーのゲームといえばよく話題に上るのが、ネットによる世論操作のアイデア。実はこれは、まさにその通りの状況が実現してしまった今では格別の目新しさはありません。ただし、グローバルネットの概念がまったく一般的でなかった1985年においては、それなりの衝撃を読み手に与えはしたでしょう。もちろん「少年ハッカー大活躍」という二流SFじみたアイデアだけではダメで、子供のデリケートな心理を手にとるように描いてあることこそが衝撃の源なんだけど。

最後に、ひとつだけ文句を。
エンダーの「ゲーム」が終ったあとも、本作では長い長いエピローグが続きます。〈バガー戦役〉後の顛末とかエンダーたちの成長後の動向とか、なんだかんだと。単体の小説として見るなら、これは無用の長物だと思う。少年心理に焦点を絞った本編のスタイルとまったく噛み合わないし、無関係なエピソードも多い。それにせっかく盛り上げたラストの興奮をだらだらと冷ましてしまう。
ああ、なぜあそこでスパッと終ってくれなかったのか。残念。

───
余談。
恒星間即時通信技術が「アンシブル」ってのは、ル・グゥインのオリジナル造語だと思ってたんだけど、なぜかカードも使ってます。もしかしてクロスオーバー?

余談2。
エンダーたち三人の神童ぶりが何かを連想させる、何だったっけ?と読みながら思ってて、読後にふっと判明。サリンジャーのグラース一族だ。こ、これは神童!

───
補足。エンダーのゲーム、映画化されるらしい。バトルゲームとかの映像化ってけっこう難しそうだけど。
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by umi_urimasu | 2005-07-19 23:23 | 本(SF・ミステリ) | Comments(2)
Commented by nego10 at 2005-07-20 20:49 x
エンダー懐かしいですね。たしかにハリーポッターとはずいぶん違うような(笑)。
私はインターネット以前に読んだので、やたらと未来を感じてしまいました。いま読んだらどうでしょう? ネットによる世論操作も、これを読んだ子供が真似したくなるほど身近なものになってしまったような。

あとそれから、ブログを移転しましたので(またですが)、お時間のあるときにでもリンクの変更をお願いします~。
Commented by umi_urimasu at 2005-07-20 22:38
>nego10さま
僕は今回が初めてです。やはりSF的な意味での驚きはそれほどでもなかったですね。その分リアルな子供描写の方に入れ込んでしまいました。

昔、少年ハッカーがゲームか何かのつもりで?核兵器管理システムに侵入してあわやWW3、という筋立ての「ウォーゲーム」っていう映画があったらしいですが、それが1983年。「ニューロマンサー」が1984年。みんながそういう可能性にうすうす気づき始めた時期だったのかもしれません。

リンク変更ようそろ。どちらもRSSチェックに入れましたが、更新頻度が高そうな方を表に出させていただきました。ていうか、picnic on xxx-side って元ネタがあったんですね……。
あー、僕も引っ越したい。でもめんどうだー。
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