「百年の孤独」ガルシア・マルケス
a0030177_2262112.jpg長い年月が過ぎて銃殺隊の前に立つはめになったとき、
おそらくアウレリャーノ・ブエンディーア大佐は、
父親に連れられて初めて氷を見に行った、
遠い昔のあの午後を思い出したにちがいない。



こんな書き出しで始まる、南米の架空の村マコンドの百年史。
そしておそらく、20世紀が産み落とした世界最強の物語のひとつ。
自分の本読み人生で、これほどの快楽に今後めぐりあうことがあろうかと本気で危ぶんだ一冊です。
この本が世界に与えたインパクトは絶大なものだったようで、全世界で3600万部という異例の発行部数がそれを物語っています。サリンジャーの「ライ麦畑」で6000万部らしいからね。

ちなみにどうでもいい話だけど、ハリーポッターは累計2億5000万部。

世界ランキングのトップスリーはこう。
1位 聖書 3880億部
2位 毛沢東語録 65億部
3位 ペリーローダン 10億部 なぁぁ……
その他の発行部数ランキング

───
「百年の孤独」をあえて分類するなら、神話形式。幻想と現実が区別なく入り乱れ、膨大なエピソードを積み重ねてひとつの小世界をまるごと作り出すというもので、日本ではあまり流行らなそうなタイプですね。でも南米ではベストセラーになり、マルケスはこれでノーベル賞を取りました。南米人にはやっぱり、こういう混沌とした小説が好みに合うんだろうか。全編に満ちるただならぬ郷愁と寂寥感は、汗まみれで土臭く、日本のわびさびなんかとは根本的に異なる熱をはらんでいます。
ちなみにペルーのバルガス・リョサの「緑の家」も、マルケスと似た手口。ただし、緑の家はさらに時系列をめちゃめちゃに錯綜させるという技がプラスされて、マルケス作品でいえばむしろ「族長の秋」「予告された殺人の記録」に近い感じでした。
日本の小説では、大江健三郎の「同時代ゲーム」とか筒井康隆の「虚航船団」が類似作っぽいです。文学作品なんて好きなもの以外には手を出さないので、他にもっと近いのがあったとしてもフォローできていませんが。

ぐぐったら2chのログが出てきた。
「百年の孤独」の新訳版で名前表記から長音符をぬいた理由は(ブエンディーアをブエンディアに変更など)そうしないと 「ー」だけで5ページぐらい増えてしまうからなんだって。
マジかよ。5ページぐらい別にいいじゃん。

───
マルケス作品の屋台骨ともいうべき「太母」系のキャラクターについて。
彼らはおおむね、根源的な母性、南米版の聖母マリアとして描かれています。でも、それにはどうやら二種類あるみたいな気がする。
「火曜日の昼寝」の母親は硬く毅然としたジャンヌ・ダルクであり、「百年の孤独」のウルスラはエナジティックな肝っ玉母さんでした。「族長の秋」の大統領の御母堂は、息子に無償の愛を注ぐ老いた聖母。これが第一種だとすると、「ママ・グランデの葬儀」や「エレンディラ」のそれは第二種。こっちは、もはや母性の象徴というよりほとんど妖婆じみた超越的存在になってます。
それぞれ、存在の大きさは共通しているものの、ベクトルが違うよね。聖と俗の両面性というか。
あと、しとやかでかよわいタイプ、あるいは理知的なタイプの女性は不思議とあまり出てこない。これはどういうわけなんだろうか。南米ならではの理由があるのかな。
「わしの好みなんじゃ」って言われたらそれまでだが……。

───
キャラクターレベルでは不幸娘のレベーカ萌え。
というかレベーカVSアマランタの嫉妬バトル萌え。

「パンがないなら、土を食べればいいじゃない?」

説得力抜群。だが素人にはおすすめできない。
あと阿片チンキも禁じ手。妊婦へのとばっちりが怖いから。
初代レメディオスは可哀想だったなあ。あれはマジ凹んだよ。


agco様のエントリに触発されたので、全然未整理だけどあげてしまいます。
いずれもっとまともなレビューを書きたいもんだ。
[PR]
by umi_urimasu | 2005-07-11 22:41 | 本(others) | Comments(0)
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。



<< すごい写真/電車男 あやしい童話の表紙 >>