Zガンダムじゃなくて元ネタの方なんだけど。
これはですね、言うなれば「とても科学的な」あるいは「科学好きな」SFなんだと思います。 たとえば、学校でニュートンの法則を習うとしますよね。そこで、なぜリンゴが地面に落ちるのかを知らなかった人が、万有引力で説明できるってことを知ると、人によってはいたく感嘆したりもするでしょう。純粋な知的感動とでもいうのかな。この場合、それが自明なものであってもおそらく感動の妨げにはなりません。ケプラーでもハッブルでもアインシュタインでも、相手は何でもいいんです。とにかくエレガントに説明できさえすれば。 この本に書かれているのはまさに、そうした知的作業にともなう快楽、「理解」の快楽そのものです。手にした事実を矛盾なく説明しきれたときに科学者が味わうカタルシス。そして、より込み入った複雑な事象を説明するために、たくさんの仮説を立てては壊し、客観的に見てもっとも信頼に足る説へと徐々に詰め寄っていくスリル。その興奮を、そのまま読者に伝えようとしている。 気持はとてもよくわかる。 でもね、それってきっと、かなりマニアックな快楽だと思いますよ。 この小説内の人物たちは皆、多くの人にとっては塵芥よりも無価値なことに無上のエクスタシーを見い出しているマッドな連中ばかりなんです。チャーリー(仮名)の星の大気組成や重力の計算方法なんてどうだっていいんだ、ふつうの人は。だからもしかしたら、理科や物理が嫌いな人にとってはこれ、凄くつまんない作品なんじゃないかと。それがちょっと心配。 ─── 月面調査中に発掘された一人の人間の遺体から、驚くべき事実が明らかになった。死体はなんと、5万年以上も昔のものだったのだ。細胞ひとつに至るまで現代人と寸分たがわぬその男(仮名:チャーリー)は、いったい何者であったのか?空前の宇宙的ミステリーに挑む物理学者ハントは、研究を進めるうちにさらなる驚愕の事実に直面する──。 これはトリックと呼んでいいものなのだろうか。人類進化のミッシング・リンクを埋めるあまりに壮大なアイデア、ダーウィンも月までブッ飛ぶ意外な真相が今、明らかになる! ─── 科学者たちが団結して不断の努力で謎を解いていく様は、プロジェクトXや「第六大陸」(小川一水)と同じ、ごく素直なパイオニア・ヒロイズムを感じさせます。科学ネタの好きな人なら、そうやって論理の土台を固めていく作業そのものにエキサイトできるはず。科学雑誌などを読むのが苦にならない方には問題なくおすすめできると思います。 一方、三角関数とか散乱断面積とか放射性同意元素とか、ヴードゥーな呪文を聞かされると中指立てたくなるという方にはおすすめできないかもしれません。でも、アイデアの意外性だけでもきっと面白いよ。SFが広げる風呂敷は、(ちゃんとたためる限り)大きいに越したことはないんだ。 ただし、ラストの演説部分は個人的には大失点。あまりに傲慢、妄信的な科学信奉ぶりに引きまくりでした。よっぽど理科が好きな人なのかな……。 「冷静さを欠いたA.C.クラーク」っていう私的評価は、いくらなんでも失礼すぎか?
by umi_urimasu
| 2005-07-02 02:28
| 本(SF・ミステリ)
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