"伝説"ともいわれたSF作家の数少ない短編・中編集。なるほど、一種独特の残酷な美しさがある感じだ。端正にかたちづくった世界を、自らの手で無残にぶち壊す快感というか。
正直「伝説ってのはちょっと大げさじゃない?」とか思ったのも確かだけど、上手いとは思います。長編「グラン・ヴァカンス」も読んでみたくなったー。 鋭いのか柔らかいのか、はっきり形容しづらい文体なんですが、わかりやすい特徴としては、視覚だけでなく嗅覚・聴覚・触覚に訴える生理的な描写のリアリティかな。妙になまなましく、多用されるわけじゃないんだけど使ったときの効果は大きいという。一般にSFというと観念的な文章や視覚的な描写にとどまりがちな印象がありまして、その意味ではこれは珍種なのかもしれんなぁと思ったり。 少なくとも嫌いではないです、こういうの。 収録作品数は4本。なかなか粒揃いなので、個別に紹介しよう。 「デュオ」 シャム双生児の天才ピアニストの意識下に潜む第三の人格<名なし>。その素性に気づいたピアノ調律師は<名なし>を殺害しようと計るが、音楽とテレパシーの戦いが予想もしなかった惨劇を生む。いわば音楽犯罪SF。緊張や恐怖を味や匂いで表現する手法、音楽とシンクロしつつ高潮するクライマックス、ショッキングな結末など、練り込まれた文章・構成の上手さが光ります。短編集のツカミとしては最適な一品かと。 あと、ドイツ系サイコサスペンスってことでちょっと「MONSTER」を連想。 「呪界のほとり」 むー。画竜点睛を欠く。これさえ除けば、ものすごくS/N高い作品集なんだけど。 「夜と泥の」 年に一度の夏至の夜に泥の中から生まれ、月光を浴びて舞い踊り、また腐り落ちて泥に還る少女。惑星「ナクーン」の沼上に現出する幻想的な光景は、今はなき地球の娘の亡霊を称えるマイクロマシンの祭典だった。しかし、この壮麗な儀式にはもうひとつ、人類のあずかり知らぬ秘密が……。 目立った展開がないのでビジュアルで押し通すタイプの作品かと思いきや、そうは問屋が降ろさない。というか、もしかして常にどんでん返しを用意しないと気が済まないのか、このひとは? 「象られた力」 惑星「百合洋(ユリウミ)」が住民もろとも消滅して一年後、隣の惑星「シジック」では百合洋の図形アートが異常なほど流行していた。トップデザイナーの作品から露天商のアクセサリーまで、百合洋風エンブレムはあまねく惑星中に蔓延していく。しかしその図形には、「ちから」と「かたち」の根源的関係を人に認識させることで世界を破滅に導く鍵が隠されていた。収録作品中随一の視覚的インパクトを誇る、災厄と滅亡のスペクタクル。 個人的にいちばん上手いと思ったのは「デュオ」。 でもいちばん凄いと思ったのは「象られた力」。情け容赦のないカタストロフィと微妙なレトロっぽさが好きなんじゃ。ただ、ラストの後付けっぽいパートはない方がよかったかと思うのですが。 ちなみにブービー賞は「呪界のほとり」。 ま、どんな大作家にだって黒歴史はあるしな。 で、こちらは著者ご本人のWEBサイト。はてなだねえ。
by umi_urimasu
| 2005-05-11 04:06
| 本(SF・ミステリ)
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