今は昔の1953年、第一回ヒューゴー賞に輝いたサスペンスSF。
うむ、おもろい。勢いとパワーに満ちた派手な娯楽作品でした。 しかしながら「虎よ、虎よ!」に比べて多少もの足りなさを感じたのも確か。 僕にとってはそっちがファーストインパクトで、印象があまりに強かったせいもあるんでしょうけど。どちらもSF史上に残る傑作との誉れ高い小説ですが、個人的な好みを言わせてもらえば、作品の中を吹き荒れるパワー、物語のテンションの高さ、ゴージャスな映像的アイデア、どこをとっても「虎」の勝ち。 虎よ! 虎よ! ぬばたまの夜の森に燦爛と燃え そもいかなる不死の手のまたは目の作りしや 汝がゆゆしき均整を 宇宙一の大富豪の令嬢にしてアルビノの美女、オリヴィア・プレスタインの紅眸に映る紫外線の世界……彼女だけが知る復讐者ガリー・フォイルの素顔に隠された、獰猛なる虎の刺青!なんかデコに「NOMAD♂」とか書かれてるらしいけど、笑ったら殺されそうなので見て見ぬふり。時空を越えて偏在する「燃える男」のビジョンが渦巻く万華鏡のようなクライマックス、あのヒートアップぶりはマジ凄いです。未体験の人にはかなり激しくお勧めしておきたい。 でもこれは「分解された男」のレビューなのでその話をいたす。 舞台は遠未来のアメリカ。エスパーの存在が珍しいものではなくなり、彼らが人の思考を読んでしまうため、凶悪犯罪のまったく起こらない時代。 しかし、野心家で切れ者の企業家ベン・ライクという男が、エスパーたちを出し抜く巧妙なトリックを考えつき、ついに計画的殺人を成功させた。この不可能犯罪に立ち向かうのはニューヨーク警察の第一級エスパー、パウエル。追う側と追われる側の息詰まる頭脳戦、負けた方を待つのは確実な身の破滅。最後に勝つのは果たしてどちらか? 最初から犯人もトリックもさらしてしまい、ホシを追いつめていく過程を描いた物語、いわば超能力版「コロンボ警部」ですな。ただ、刑事にも犯人にもそれぞれ強みと弱みがあって一筋縄ではいかないのがミソ。殺人者ライクは超能力をもたない常人だが億万長者で悪知恵に長け、対して刑事パウエルはエスパーとはいえ法に縛られる身。この話では人の記憶を超能力で覗いても犯罪立証のための証拠としては使えないという設定なので、動かぬ証拠をつかむために警察もトリックで犯人をひっかけなくてはならない。 という、基本的には駆け引きの面白さをメインにした犯罪サスペンスなわけです。SF要素としては、テレパスが社会の中でふつうに職業的能力として受容され、ランク付けやステータスまであったりするところがそれっぽいかな。設定の浸透が行き届き、会話やジョークひとつとってもテレパスならではのものだったりして。まあ、今となってはありきたりだけど、こうして細かい設定を作り込んでおきながらジェットコースターサスペンス、というやり方が当時は新しかったのかもしれません。 エスパーネタということで、人間の深層意識に潜りこむどろどろした描写も出てきます。根源的な欲望のビジョンや未整理の単語などをばらまく、自由連想法みたいなアナーキーな感じの文章表現。「虎よ、虎よ!」にも似たようなのがありました。ベスターってそういうのが好きな作家なんだろうか。 そしてあとひとつ、「分解された男」といえばやはりあの電波ソング。 もっと引っぱる、いわくテンソル もっと引っぱる、いわくテンソル 八だよ、七だよ、六だよ、五 四だよ、三だよ、二だよ、一 緊張、懸念、不和がきた このバカ歌、最近頭から離れねー。無意味に語呂がよすぎるのがおかしくてよけい腹立たしい。なんなんだよ、「いわくテンソル」て。勝手に「ベン・ライク音頭」と名づけましたが。 とりあえず、本当に作曲してくれる人の出現を望む。 ちなみに、1953年の第一回ヒューゴー賞候補は、他にもA.C.クラークやアシモフやブラッドベリ他、まさに壮々たるラインナップだったそうです。 そいつらを蹴散らしてベスター受賞。「もっとひっぱる、いわくテンソル」でかい。なぁあ……。
by umi_urimasu
| 2005-04-25 21:46
| 本(SF・ミステリ)
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