「死の泉」皆川博子(すげー!
a0030177_1851724.jpg100円で核爆弾を買ってしまった。

そんな気分。
いったい小説とは、ここまで贅沢になれるものだろうか?
言葉の快楽をむさぼり尽くした果てに待ちうける、驚愕のトリプルトリック!!
こんなの、もう絶句するしか。個人的には、これほど陶酔しまくったのは去年のコニー・ウィリス「ドゥームズデイ・ブック」以来かもしれません。いや、ヘタするとあれ以上かも。

時は1943年。
ナチスが人種浄化政策の一環として設立した私生児出産施設「レーベンスボルン(命の泉)」で男児を産んだマルガレーテは、カストラートの育成に異常な執着を示すSSの医師、クラウスと結婚した。ジプシーの孤児、フランツとエーリヒを養子に加え、表面上は仲睦まじい家族ができあがる。しかし、戦争によって保たれていた危うい均衡はやはり戦争によって崩された。混乱の中で散り散りになる一家。そして終戦後の平和の影で、小さな心に植えつけられた憎悪の種はゆっくりと時間をかけて芽を吹き、復讐という名の実をつける。
戦争が終わっても、人間の業は決して消えない。ただひとつ、全てを終わらせる方法があるとすれば、それは……

とにかく異様な迫力をもった作品です。醜怪きわまる泥沼の復讐劇にしろ、戦争というシチュエーションゆえにいっそう妖しく引き立つ耽美的なモチーフの数々にしろ。
芸術に溺れる残酷な医学者、狂いはて時の流れに取り残された妻、天上の美声を保つべく体を作りかえられた幼い兄弟、地底深く隠された塩の円卓、不老不死の人体実験、腰から下をひとつに縫い付けられた双頭の少女、近親相姦、少年愛……
前半では戦時下の息づまる人間ドラマに、後半ではゲルマン神話になぞらえた幻想的な狂気の描写に、文字通りメロメロになりはてました。

ミステリとしての構成力もハンパじゃない。終盤からラストにかけて秘められた真実が怒濤の勢いで明らかになり、さらに作品そのものを虚構内虚構にしてしまい、最後の最後でまたしても大ドンデン返しが炸裂。そのたびに全ての人物関係をリセット、リセット、またリセット!
これでもかというトリックのラッシュは圧巻という他なし。

しかもこの本を、ギュンター・フォン・フュルステンベルクの著作を野上晶が翻訳したという体裁で、じつは皆川博子が書いたということまで含めると、なんと四重のメタ構造になってしまうんです。そのどこまでがリアルでどこからがフェイクなのか、真偽を知るのは唯一作者のみ。ならば、皆川博子によるこの小説が「真実」を語っていないと、いったい誰が言い切れるだろう。
そう、これはかつて「本当に」あったことなのかもしれない。

読み終えてしばらくは放心状態でした。そこまでするか、普通?

ちなみにこの「死の泉」、amazonのユーズド価格を見ると、なんと98円。

いったい何の冗談かと。
悪いことは言わん。まだ読んでないって人、今こそチャンスだ。買え買え買ってしまえ。

「死の泉」皆川博子(ハヤカワ文庫JA)

補足。
ただひとつ、古城でのアクションの部分だけは、少しエンターテインメント寄りになりすぎてしまったんではないかと思ったところでした。それから、終盤で多数入り乱れる人物のうち、もともと描写の少ないキャラクターの扱いもちょっと気になった。ミステリ的にはOKでも、群像劇としての密度が薄まってしまいかねない危険を感じたから。ま、些細なことですけど。
[PR]
by umi_urimasu | 2005-02-25 19:47 | 本(others) | Comments(4)
Commented by agco at 2005-02-27 23:37
98円て安すぎて泣ける…!
すごいという以外に感想の出てこない、とにかく開いた口がふさがる暇もない怒涛の展開、壮絶な物語でしたよね。とりあえず実際の私の読後は「うおお…!」に尽きました。感想になっていなかった。本を抱えたままで、うろうろと落ち着きなく部屋をさまよい歩き、あげくに友達に「何も言わずにこれを読め」といって押し付けました。
それくらい有無を言わせぬ破壊力のある本です。98円だったら本当に今すぐ買うべきです。でも普通に新刊書店で買って、皆川博子に印税を捧げてあげて欲しい気もします。あの人の本、すぐに絶版になっちゃうので。
Commented by umi_urimasu at 2005-02-28 01:02
>agcoさま
ありがとうございました。床に頭突きをかます勢いで激しくお礼申し上げます。どうやらagcoさまからnego10さまを経由してumi_urimasuはこの作品に出会えたようで、もはや感謝の言葉もありません。

僕の場合、読み終えて最初に出てきたのは「こいつほんとに日本人か!?」っていう思いでした。もう無礼極まる話。でも本当に、もしかしてドイツ人かポーランド人がネコかぶって書いてんちゃうか、という気がしたもんで。何となく翻訳っぽい雰囲気もありますよね。

それにしても、あのラストの「足」……あれは本当は、いったい……あー恐ろしい。後々まで尾を引きます……
Commented by 樹衣子 at 2008-11-23 21:32 x
はじめまして。
TBさせていただきました。
本当に凄い!!と「死の泉」には、ただただ驚嘆いたしました。

>「こいつほんとに日本人か!?」

私もそう感じました。それに、文章が非常に巧いですし、特にクラウス医師の会話には感嘆いたしました。
古城でのアクションですが、耽美的な物語に男性読者を意識したバランスのために入れた感じもします。

>いったい小説とは、ここまで贅沢になれるものだろうか?

この表現にまさしく同感です!
Commented by umi_urimasu at 2008-11-23 23:05
死の泉いいですね。皆川博子作品との初めての出会いがこれだったことを、僕はとてもありがたく思っています。

TBははじかれたかも。明記していなくて申し訳ないのですが、当ブログへのリンクを含まない記事からのTBは受け付けない設定にしてあります。すみません。
名前
URL
画像認証
削除用パスワード

※このブログはコメント承認制を適用しています。ブログの持ち主が承認するまでコメントは表示されません。



<< いくらCGが進歩しても 羽根、生えてるん【イラスト】 >>