月に結婚式場を建てる。それだけの話。
これは、それだけのことを「できるよ」と言いたいがために上下巻700ページをまるまる費やした小説です。 「なんで宇宙へ行くの?」という疑問に対しては、山ほどの答えがあって、それぞれに正当な理由があるでしょう。でも究極的には、「行きたいから行く」に尽きるんではなかろうか。 「なぜ登るのか?」「そこに山があるからだ」とは、登山家ジョージ・マロニーの言葉だそうです。 人間を個体レベルで見るなら、そんなのは単なる命知らずの無鉄砲な一個体にすぎません。でも人類をひとつの群れとして見るなら、そうやって少しずつ生存圏を広げていくのは種として当然の行為でしょう。散文的だけど、そういうふうに出来ているものを無理して狭いところに閉じ込めておく理由もないし。 「ロケットで月へ行く」っていうのは、「足があるから歩く」「脳があるから考える」というのとまったく同じことじゃないかと思うのですよ。宇宙はけっこう遠いけど、ロケットがあれば行くことは不可能ではない。だから、いずれお金のかからないロケットを作れるようになったとき、人類は月にも住むに違いない。それはあらためて予想するまでもない、当然の未来ってことで。 地上で夜空を見上げれば、月の影の部分に街の光がまたたく。そんな情景があたりまえになる日も、そのうち来るね。そうさな、あと50年ぐらいかな。 しかしここでちょっと待つよろし。いざ住むと決めたら「どうやって」住めばいいのか。 じつはこれが難問で、まだよく決まってないみたいなんですよ。クラークが「2001年宇宙の旅」を書いてから40年近く経った現在でも、現実に即して書かれたフィクションはそんなに多くないらしい。たぶん、誰でも宇宙へ行けるような状況というのがいまいち実感をもって想像できないからかもしれません。たとえば「ガンダム」は人気のあるSF作品ですが、現実には誰も、あれが来たるべき未来像だとはこれっぽっちも信じてないしね。宇宙に人が住む話をあんなに腐るほど作っておきながら、初めの一歩を書いてねーだろっての。 ちなみに三菱重工は「ガンダム作る」とか言ってますが、その前にやるべきことをやれよおいと。 ま、そこで「第六大陸」の出番というわけです。「実感」を持たせるために、小川一水の得意とするディテール描写、緻密な現実シミュレーションは、まさにうってつけの手法。 作中で指摘される技術的・社会的問題はどれもこれも説得力に満ち、実に「ありそう」なリアリティの重みを持っています。そういう意味では、ドラマよりも知識欲に訴えてくる作品かも。僕なんか読みながら「なるほど、そっかー、それがあったかー」と感心しまくってたよ。もし同じことを現実にやれば、程度の差こそあれ、おおむね小説に似た状況が現実化するんじゃないでしょうか。 ─── ただし、例によってひとつだけクレームを。 「復活の地」と同じく、人間ドラマがやや平板な印象を与えるところがやっぱ気になりました。東園寺妙など、親子の確執や身分ちがいの恋愛というおいしい設定を与えておきながら、あっけないほど描写が薄い。もっとゴタゴタ書き込んでキャラを膨らませて欲しかった。 「第六大陸」(1)(2)小川一水(ハヤカワ文庫JA)
by umi_urimasu
| 2005-02-17 21:47
| 本(SF・ミステリ)
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