「幻詩狩り」川又千秋
a0030177_2191175.jpg1984年日本SF大賞作品。

それを読んだ者はみな、現実を捨てて精神世界の彼方へと去り、失踪または死亡するという「詩」。かつて多くのシュールレアリストを狂死に追いやったその詩が現代日本で復活したとき、世界は緩慢に、しかし確実に滅亡への道をたどり始める。
P.K.ディックに通ずるところもありそうな、現実崩壊テーマを扱った小説。

世界を語るために言葉があるのではなく、言葉によって世界そのものが作られ、人間の方がそっちにひきずり込まれていく──そんな力をもった詩がもし本当にあったら?
過去、未来、人間、体験、あらゆる事象が言葉の中から無限に引き出せるとなれば、現実世界よりそちらに耽溺してしまうのはむしろ当然かもしれない。それは当然ながら実体の方に破滅をもたらすのだが、「詩」の常習者にとってはリアルワールドでの死などもはや何ほどのものでもない。
文字の読める人間は、やがてひとり残らず「向こう側の世界」へ行ってしまうのか?それとも規制や弾圧でくいとめられるものなのか?
ことばが現実に及ぼす影響を問いつめる試みは、時間を歴史を越えて、究極的にはどこまで行くのか。結末は読んでのお楽しみ。

この小説のように、言葉にダイレクトに世界に作用する力があると思うのは幻想なんだろうけど、もっとまわりくどい形であるにしても、コトバは現実に大きな影響を及ぼせると思います。コトバはいろんなことを可能にする。人間に恋をさせたり殺したり、本を書かせたり学問させたり、戦争させたり国を滅ぼしたりもできる。それこそ映画のネタみたいな話だけど「まちがいメール1通がもとで核戦争」とか、そういうことが絶対にないとは誰にも保証できないんだから。

思考や創作が弾圧を受ける時代をSF的に誇張して書いた作品というと、有名どころでブラッドベリの「華氏451度」やオーウェル「1984」などが思い浮かびますが、「幻詩狩り」も状況的にはそれらと似た系統です。社会に害を及ぼすというので、問題の詩を所持している人は問答無用で殺されてしまう。
ただしこの作品は、それがメインテーマなわけではありません。そうしたサスペンスはおまけであって、むしろ、現実を現実たらしめているルールが崩れることによって感じる不条理さや恐怖、陶酔感などを感覚的に描写することの方に力を入れています。その辺もディックっぽいかもね。

そもそもは読書記録"様によるレビューを見て「これ読みたい!」と脳内チェックを入れた作品でした。ネット全盛のこの時代、人間どこでどういう本に出会うかわかりませんな。ま、とりあえずお礼の意味も込めてTBっと。
[PR]
by umi_urimasu | 2005-02-06 21:13 | 本(SF・ミステリ)


<< 映画からTVへ/アニメ・リバウンド 激奨「カンフー・ハッスル」 >>