今年のお年玉本。
ル=グウィンには、なんとなく「お嬢様SF」みたいな印象があるんですよ。怜悧で知性的な語り口がいかにも高貴の出っぽいつーか。 特にファンタジーではそれが顕著です。雄大な自然、雨や風を意のままにあやつる魔法使いたち、太古の知識と力を秘めた巨竜たち──だけならまだしも、羊飼いや漁師の質素な生活風景にすら漂うあの気品、格調の高さはなんだ。特に飾り立てた文体でもないのに。まさにお嬢SFと呼ぶにふさわしからん。 しかし、ただ品がよいだけなら、景色やドラマを楽しんでそれでおしまいでしょう。 「ゲド戦記」にさらに深く人を惹きつけるものがあるとすれば、それは「名前」と「闇」ではないかと思います。「名前」はもちろん、シリーズの最重要設定。でもここでは割愛。 「闇」については、「自己との対話をうながす場」のようなものかなぁと思っています。闇の中にずっとひとりおかれる時、人は自分のことを考える以外にすることがない。だから闇に身をひたしたり闇を凝視する者は、必然的に自分自身を深く見つめることになる。ル=グウィンの物語では闇の中にいる時間はとても長く、読み手にもゆっくり内省や思索にふける時間を与えてくれます。 ただし、闇の中に居つづけていては視野がきかず、世界がどんなに広いのかがわからないというマイナス面もある。「こわれた腕輪」の主人公テナーも、暗くて狭い世界の中に永く囚われていました。端的にいえば「世間知らず」ってことなんだけど。迷宮から脱出するということは、そのまま彼女の人間的成長に相当しています。 一度は名前を捨て、世界とのつながりを断って何者でもないものになり、本来の名を得て生まれ変わるテナー。「影との戦い」のメインテーマがここでもまた再現されているのです。 あと、ゲド戦記シリーズによく現れる「旅」のシーンも、どうやら「闇」とよく似た効果をもっているように思うんですが。厳しい旅路は雑念を削ぎ落とし、自分の存在意義を問い直させる時間でもある。今までの人生をあとに捨ててきた者にとっては、これは特に重要な時間といえるでしょう。 神殿という極小のコミュニティの中で、聡明ながらも傲慢に育ったテナーは、外の世界では赤ん坊並に無力な存在でした。彼女が迷ったり不安がったりするのは、いわば小学校に入学したての一年生のような心境かもしれない。しかし彼女は折れません。導き手であるゲドの信頼に支えられて、臆せず人の都へ踏み入ってゆきます。誰しもそうありたいと思わせる、毅然とした態度で。 ラストはあまりにあっさりした書かれ方ですが、へたな余韻を許さぬ鋭さがまた美しかった。 遍歴の旅はファンタジーではお約束とはいえ、この硬質な美しさ、瑞々しさはやっぱりル=グウィンならではのものかと。 ちなみに、心の声はなんか別なことを言っておる。 こりゃーもう巫女さん天国だと。幼女から老婆まで、巫女さんがそれこそ掃いて捨てるほどわんさか登場し、禊いで禊いでみそぎまくる桃源郷だと。汚れた感性の方がこう叫ぶのだ。 「ゲド戦記II こわれた腕輪」(アーシュラ・K・ル=グウィン)岩波書店 原哲夫先生ごめんなさい #追記。 こちらの情報によれば、「闇の左手」映画化&ゲーム化の話があるんだって。──複雑、です。
by umi_urimasu
| 2005-01-06 18:34
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