地球上の誰かがふと思った『人類よオトナになれ』
買って数日しかもたなんだ。予想外に面白くて、すぐ読み切ってしまいました。 80年代版「幼年期の終り」といわれるだけのことはあって、壮大なアイデアと卓抜なストーリーテリングの技で、人類が異種知性と交わり全く別のものへと進化していくさまを描いています。ただし、その異種知性が血液中の小さな細胞であるというのがミソ。最後はまあ、なんというかブッ飛んだ奇想で、エラいことになってしまうんですが。 先に「幼年期の終り」を読んでいると色々な符合が目につきます。一種のオマージュなのかもしれません。 ハードなSFだけでなく、序盤のややグロテスクなサスペンス的要素は岩明均の「寄生獣」を、世界規模のメタモルフォーゼはたとえば「沙耶の唄」などを、といったようにパラサイト系ホラーを連想させる箇所もいくつかありました。娯楽作品としても楽しめる、ぬかりない出来。 さらに、人気の絶えたニューヨークのバイオ・ルーイン(生物学的廃墟?)の描写などには終末SFの要素も含まれています。巨大都市は沈黙し、ラジオからは遠い国々のニュースがぽつぽつ入ってくるだけ。そんな所に取り残された人間はもちろんひどく孤独なはずですが、「ヨーロッパはまだ生きている」というかすかな希望もあって、何となく「気ままな放浪」といった感じ。ああいうシチュエーションに僕はどうしようもなく惹かれてしまう性質で、それもこの作品が気に入った理由のひとつ。 あ、ちなみに本作には世界貿易センターが健在なままで登場します。崩れてません。というかソ連もまだあります。けっこう昔の本なんだなー。 細胞知性と人間の対話やその説明では難解なところもありますが、これは「説明しやすいことばが準備されていない」ものを何とか既存のことばで語ろうとしているから、ということのようでした。「要するにスターチャイルド化ですね?」ってことぐらいはわかったが、正直言ってむずかしい話はちんぷんかんぷん。しかし、ちんぷんかんぷんでもそれなりに面白い。話の輪郭は把握できるし、わからないことがまたスリルでもある。物理が苦手な人も、詩的と言ってもいい怪文章そのものを楽しむだけで十分なのではないでしょうか。 燃える雪、そして沈黙の音楽。「ブラッド・ミュージック」で描かれる世界の終焉はとても美しく、きわめて静かに訪れます。しかも恥ずかしいほど感傷的なおまけ付きです。情け容赦なく人類を廃滅せしめた異種知性が、そういうことを(もちろん人情など介在しないとはいえ)人に許すというのが、殺伐とした展開のわりに和やかな後味を与えてくれてなんだか妙に安心。ごく普通の「一般人」の運命を、最後までねばって描いてくれてあったのも嬉しかった。 マスコミが実況中継したりしてガヤガヤうるさかった「幼年期の終り」に比べると、やっぱりこっちの方が僕好みな気がしますわ。 「ブラッド・ミュージック」グレッグ・ベア(ハヤカワ文庫SF)
by umi_urimasu
| 2004-11-24 14:34
| 本(SF・ミステリ)
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