「ねじまき少女」 パオロ・バチガルピ
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ねじまき少女 上 (ハヤカワ文庫SF)

パオロ・バチガルピ / 早川書房


堪能しました。エネルギー資源不足と環境汚染にあえぐ近未来都市バンコクの混沌、そこに暮らす人々の悲哀や怒りや欲望を複数POVで緻密に描いていく、亜熱帯ムード満点の群像劇。「最近の小説でギブスンっぽいやつを読みたいんだが」という人には、まずおすすめの一品かと。

記録的な勢いでSF賞をとりまくった米国でのヒットに比べて、日本での反応はやや戸惑いまじりのようにも見えますが、これは宣伝文句(「グレッグ・イーガンとテッド・チャンを超える云々」)に語弊があるのかもしれません。実際に読んでみたら、イーガンやチャンのような論理SF?的な方向性の小説ではまったくありませんでした。ひきあいに出すなら、やはりギブスンあたりがよいでしょう。都市の底辺層を顕微鏡的に観察していく視点や、先端技術と妙な日本観のまじりあったおかしな東洋的エキゾチシズム。いかにもサイバーパンクっぽい香り。

しかし、往時のサイバーパンクを髣髴とさせつつも、描かれている世界は今日的な感覚によるものだと思います。けっこうテクノロジーのすすんだ未来の話なのに、すさまじいばかりのジリ貧感! 石油は枯渇し、工業動力源はゾウや人力でゼンマイにためるエネルギー。もちろんコンピュータも電話も手回し式。政治は腐敗しきり、経済はカロリー企業に牛耳られ、難民はしいたげられ、水位上昇、環境汚染、新種の疫病……明るい要素が何ひとつ、何ひとつない。

世の中はこれからどんどん不便になり、衰退していくのではないか。このご時世に、多くの人が抱えているであろうリアルな危機感を、バチガルピは遠慮なくずけずけと突きつけてきます。彼の短編「第六ポンプ」などを読むと、「ねじまき少女」のバンコクすら天国かと思えるほどグロテスクな、ダメダメすぎる未来風景にぞっとします。こういう下降未来観はバチガルピの芸風なんじゃろか。(「ねじまき少女」についてはキャラクターがみんなタフで、生きるためなら「殺すと思った時には実際に殺っちまっている」的なスタンスのせいか、それほど頽廃的な雰囲気はないですが。)

あと、些細なことながら、エミコの描写などにみられる日本観についての疑問がひとつ。ニューロマンサーやブレードランナーに似たトンデモ日本文化的な面白さが、もちろん「ねじまき少女」にもふくまれています。これはおそらく意図的なパロディだと思うのですが、問題は、トンデモ描写の対象が日本だけなのかどうかです。本作の場合、ほぼ全編がタイの描写であるため、日本描写が明らかにトンデモな感じだと、他のアジア描写の信憑性までちょっと疑わしく思えてきてしまうわけでして。

バチガルピ氏は大学で東アジア学と中国語を専攻し、中国に住んでいたこともあるそうです。でもだからといって、作品で素直に自然なアジア文化を描いてくれる保証はない。もしかしたら僕が気づかなかっただけで、「ねじまき少女」は全編トンデモタイパロディの嵐だったかもしれない。まあそんなことないらしいけど。
もし、タイと中国の描写に不自然さは皆無だとすると、それはそれで別の疑問がわいてきます。なんでわざわざ日本だけトンデモ風にしたの?っていう。やっぱりネタとしておいしいからかなあ。サイバーパンク的な意味で。


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by umi_urimasu | 2011-06-01 20:46 | 本(SF・ミステリ)


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