日本人はなぜクトゥルーを怖がらないのか
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ラヴクラフト全集 (1) (創元推理文庫 (523‐1))

H・P・ラヴクラフト / 東京創元社


最近、ちまちまとラヴクラフト全集を再読しているのですが、あらためて強く意識させられるのが、恐怖感についての日米文化の違いです。たとえばラブクラフトがさも自明のごとく使う「冒涜的」という表現の、いったい何がどう冒涜的なのか、まるでぴんとこないこと。また、クトゥルーや南極の〈古きもの〉がさほど怖いとも思えず、それどころか、むしろちょっとかわいいじゃん。などと愛着に近い感情すらおぼえてしまったりすること。こういった反応、恐怖の感じ方がひどく違うことについて、どこまでが個人の感性でどこまでが文化の差異によるものか、きちんと切り分けができたら面白かろうなあ、と思いながら読んでいます。

ラブクラフト作品での「冒涜的」という形容は、宗教上の教義と相容れないものごとだけでなく、普通でない、なじみがない、理解できない、ありえない、と語り手が感じる対象ことごとくに向かってつかわれます。キリスト教文化圏では、何を考えるにも常にキリスト教の神を超越者・絶対的存在としていちばん上に置くというものの見方が根底にあるから、それに合わないものにでくわすと、神の絶対性をおびやかす → 神をないがしろにしている → けしからん → 冒涜だ、となっちゃうんでしょうかね。

ラヴクラフトが描く恐怖の核心、いわゆる「宇宙的恐怖」は、キリスト教的なものの見方をベースにしているといわれます。それは、キリスト教の神が絶対ではなく、はるかに古い強大なものが他にいること、そいつらはもうアホらしくなるほど桁ちがいな存在で、人間など歯牙にもかけない、人類ごときには理解も想像もおよばないものだ、という認識によって喚起される怖さです。この神の絶対性の否定が、キリスト教的世界観になじんだ西洋人をいたく不安にさせるらしい。

ここが、僕には感覚的にどうしてもわからないところです。たぶん大方の日本人は、そこであんまり不安になったりはしないんじゃないかと。日本人の場合、神も仏も混ぜこぜに、かつあいまいに信じていて、絶対的な何かを世界観のよりどころにしていないからでしょうか。八百万の神がいるなら、その中にクトゥルーみたいなのがいたって別におかしくないし、「ああ、そういうどえらいのもいるんだ、そらすげえなあ」で済んでしまう。人智を超える強大な存在に対する恐怖はあっても、それは荒らぶる自然に対する畏怖と同じ性質のもので、崇めたり鎮めたりしつつ付き合っていくものだ、というふうにとらえるでしょう。

ともあれ、そうした文化的理由でクトゥルー神話を本来あるべきように怖く感じられないのだとしたら、やはりちょっと残念です。アメリカ人はほんとうに、日本人よりも怖さを感じているのだろうか。それとも「いや別に、全然怖くねーよ」という感覚なのか。アメリカ人に直接聞いてみないことにはどうにも。

ちなみに、魚介類を食べるのがあたりまえな島国文化圏の人からすると、アメリカ人のタコ嫌いというのは、それこそ冒涜的なまでに理解を絶する感覚ですね。まあ小説みたいにリアルで超巨大タコ人間に襲われたりしたら、どこの国の人だろうと発狂してしまうかもしれませんが。ラヴクラフト自身は知人宛ての書簡で、「海産物は説明できないほどのこのうえない激しさで嫌い」と書いています。なんぞ子供時代にトラウマになる経験でもしたんだろうか。

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[画像] カレッジ・ヒルをさまようもの Part I
ラブクラフトがありったけの愛着を込めて描写したプロヴィデンスの古い街並を、実際におとずれて撮影・紹介した写真のページ。HPL作品の舞台が、風景としていまいち想像しにくいとお困りの方はぜひ参考に。

「氷と炎の歌」第5巻 A DANCE WITH DRAGONS 刊行日発表
GRRM自身により7月12日とアナウンスされました。今度こそは本当に待ったなしの雰囲気。もう端役の登場人物とか完全に忘れてる…… そろそろ読み直すべきときか。

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バックマン・ブックス〈4〉死のロングウォーク (扶桑社ミステリー)

スティーヴン キング / 扶桑社


100人の少年が、どこまでも歩くだけ。ただし、歩くのをやめた子はその場で銃殺。生き残りたければ最後の一人になるまで歩きつづけるしかない。徐々に奇妙な友情のようなものでむすばれてゆく子供たちが、死の瞬間に見せる生々しい人間の姿が心をえぐります。この痛み、なんというか虚航船団的な痛み、久しぶりに味わったかも。そしてこんなにえげつない話なのに、少年たちがとばすくだらないジョークやなにげない天気の描写に、一種叙情的なものを感じてしまう。不思議な味わいでした。


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by umi_urimasu | 2011-03-03 00:24 | 本(SF・ミステリ) | Comments(12)
Commented by とおりすがり at 2011-03-03 21:19 x
日本にはウタマロがあるから。
タコとかイカとか魑魅魍魎はあまり怖くないかも。
むしろ人の形をした何かのほうが恐ろしや・・・
Commented by とくめい at 2011-03-04 00:44 x
きっと子供の頃に海に落ちて魚の大群に揉まれ、イカやタコ・海藻などに絡みつかれてから助けられたりしたんだろうね。
Commented by JET at 2011-03-04 11:58 x
アメリカに住んでいた経験がありますが、内陸の人は驚くほど魚介類を食べない。
食文化が貧困でも島国なイギリスや魚介類が食品として認知されてるフランスや地中海と違って、肉・豆が中心の南米寄りの食文化。
それとポテトとサラダ。

宗教的に家畜と鳥と魚以外は「神の与えたもうた」ものじゃないし、無脊椎動物なんて虫と同列なんじゃないだろうか。
Commented by umi_urimasu at 2011-03-04 22:30
コメントくださった方々 どうもありがとうございます。
アメリカはとても広い国で、魚介類への態度も、地域、人種、歴史、宗教によってかなり幅があるでしょうね。海が近いところでは、クラブケーキとか普通に定番メニューっぽいんですが、ラヴクラフトはどうやらカニも大嫌いだったようです。いったいどんな悲惨な事件が彼をそこまでの魚介嫌いにしたのか、興味は尽きません。
Commented by いちげん at 2011-03-08 09:44 x
茹で蛸食べたくなった困る
Commented by umi_urimasu at 2011-03-08 18:17
そんなあなたに妖神グルメ。
Commented by ささ at 2011-03-09 21:37 x
「最強議論スレ」などでいくつかの作品などから、
最強過ぎるといっていいほどの存在を知りきっているので、
強さというものに半分飽きてきているのではないでしょうか。
Commented by umi_urimasu at 2011-03-11 08:49
飽きてしまうほど最強の比較にこだわりつづけている人ならありうることかもしれませんが、そういう人は少数派なんじゃないかと思います。
Commented by enzi at 2011-03-14 06:03 x
仮面ライダーは夜中にやってたそうなので、ドラえもんもやって欲しいですよね。特にリメイク版。

お元気でしたか?
Commented by umi_urimasu at 2011-03-14 12:20
特に被害もなく元気にしてます。enziさんも、ご無事なようでなによりでした。
Commented by 8isgood at 2011-03-27 17:11 x
もともとHPLさんの作品自体が正体不明な存在との接触を描くホラー的な側面と、宇宙的な神話体系を描くSF的な側面の両方を持ってますが、この二つってなかなか両立が難しいんじゃないでしょうか。
社会の脱宗教化が進み、”クトゥルフ神話”として体系化された世界観がファンの間で共有されてる現在では、アメリカのファンでも純粋に怖がってる人はあまりいないんじゃ?

HPLリスペクトでホラーをやる場合、クトゥルフ神話の用語をそのまんま使わないほうが怖くなると思います。スティーヴン・キングの最新の短編『N』がそうした作品でした。
Commented by umi_urimasu at 2011-03-27 22:57
> 純粋に怖がってる人はあまりいないんじゃ
どうなんでしょうかね。HPL作品はホラー的な成分とSF的な成分の二つがいろんな比率で混ざり合っているので、なかなか難しい話かと思います。

個人差の分をのぞいて、国や文化のちがいで受容のされ方がちがうのか、同じなのか、そういう疑問を記事にしてみたのですが、恐怖というのは非常に計りにくいものなので、アメリカ人に聞けばわかるってものでもないかも。むずいです。

> 用語をそのまんま使わないほうが怖くなる
これは確かにそう思います。
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