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「予告された殺人の記録」ガルシア・マルケス
『倒したらすぐ刺す! それが鉄則だ!』

このおっさんは凄いですよ。シロウトの我々から見れば、この超絶技巧はもはや神技という他ありませんですな。ペン一本でここまでやれるのかと畏怖の念すら覚えます。

一言でいうと、南米の小さな町で起きた殺人事件を題材に、閉鎖的な南米小社会の人間模様を活写したルポルタージュ風小説。いかにもつまんなそうですね。
しかし、その構成テクニックたるや。
破壊的なまでに錯綜した時系列と入り組んだ証言によって、古い南米社会の底に息づくあらゆる感情がじわじわと浮き彫りにされていきます。さらに個人の感情だけでなく、人々の意識下でつながっている共通の情念じみたものがしっかり捉えられているようでもあります。沈滞、誇り、嫉妬、不安、諦観、祝祭感覚、連帯感、その他言語化不能のエトセトラ。(国も言語も違う我々にはそれをきちんと把握することは不可能かもしれませんが……)

闘牛の牛さながら、町の全住民に見守られつつ「公開殺人」の犠牲となった不運な男、サンティアゴ・ラサール。本人以外のほとんど全ての人々は、彼が今まさに殺されようとしている事を知っていて、誰かにその惨劇を防いで欲しいと本心から願っていました。にもかかわらず、言葉にのぼることのないコミュニティの総意としては、彼らの誇りを汚した他所者が無惨に殺されることをみんな望んでいたのです。本人が潔白か否かによらず。それは瓦解してゆく古い村社会がその結束を今一度確認するための一種の儀式であり、彼はまさに生贄でした。哀れなサンティアゴ。

殺人の瞬間がどのようなものであったか。そこだけは、誰の証言もありません。作品中の時間スパイラルは、「その瞬間」を軸にしてどんどん加速していきます。そして最終章、待ち望まれた惨殺劇の幕がついに上がる。スーパー・バイオレンス炸裂!まさにキタ━━(゚∀゚)━━!!てな感じでしょう。目眩のするような鮮やかさとおぞましさに彩られた、南米ならではの粘っこいリアリズム。崇高さ、けばけばしさ、性的な法悦感すら匂わせるクライマックスは、日本のうす味な小説には飽き飽きじゃという人にぜひ読んで欲しい。
そこまで読むのにけっこう骨が折れるかもしれないですが。


【補足】
マルケスのことを知らずにこの文を読んでくれる暇な人が、もし居たらですが……。

マルケスの小説は、キーワードで言うと「幻想」「滑稽」「残酷」そして「孤独」でしょうか。でも決して固苦しくはないはずです。むしろかなり笑えます。しかもノーベル賞ゲッターの名に恥じぬ超絶テクニックで、普通の人が到底やりそうもない奇妙なことを色々とやりまくっております。たとえるなら大江健三郎+荒木飛呂彦みたいな感じ。いやほんと。

興味がおありの方は、とりあえず「百年の孤独」を読んでみて下さい。ちょっと分厚いけど、適性検査としてはあれがベストかと。まあ、好き嫌いはともかく「こいつ頭イカレてんのか?!」という驚きは万人に等しく訪れるでありましょう。
by umi_urimasu | 2004-09-27 16:27 | 本(others)


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