『愛・覚えていません』
「戦闘機械と人間のつきあい方」という、ひどく限定されたテーマを冷徹に追い続けたSF大作。そのこだわりは徹底してクールな作風に表れています。文体、登場人物、ストーリーに愛嬌や無駄な遊びはほとんどなく、ドラマティックな場面をそれらしく盛り上げようというケレン的な思惑なども感じられません(クライマックスだけは別ですが、むしろそれは作品全体から見て浮いています)。ストイックという褒め方もできますが、個人的な好みだけで言ってしまうと、文章的・物語的な快楽に乏しいこの種の小説は僕にとって苦手なタイプです。議論をしたいだけなら、小説なんかより論文とか考察とかいった形式でやればいいのにと思ってしまう。 ただし、発想そのものは面白かったです。 雪風は戦闘機であり、純粋な「戦闘機の論理」でもって人間に接します。もちろん世間話をしたりジョークを言ったりはしません。戦闘に関係ないものごとは彼(?)にとっては存在しないも同じだからです。雪風が意志表示をするときは、やはり機械らしい対話方法を用いて行います。ミサイルを撃ったりパイロットをコクピットから放り出したり、自爆したり。人間という生物も、彼にしてみれば「妙にアバウトなレスポンスを返す有機部品」とかそういう感覚なのですね。ここらのヒトと機械の世界認識の差は確かに面白い。 一方、他人や世界に対して異常に冷淡で無関心なパイロット・深井零は、そうしたぶっきらぼうな機械の意図を汲むことには長けています。彼はもともと機械に近い考え方しかできない、極めて機械寄りの人間でした。彼は機械との誤謬なき相互理解を切望し、雪風の流儀にしたがって対話することで、戦闘の中でのみ成立する機械と人間のパートナー関係を模索していきます。 それはただ生き残るためにやっていることですが、見方を変えれば、人間としては致命的に不完全な深井零が、自分の中の欠落部分を自覚したり自己と他者を相対化するための精神的なリハビリ行為とも解釈できます。その意味では、彼は雪風に近づきながらもそれを反面教師とすることで、かえって健全な人間になろうとしているのだとも言えそうです。 ただ、そうした効果があったとしても彼は自分の欠落を埋めようと熱心にはなりません。雪風同様、「戦闘」以外の価値観を持たないからです。戦争も謎の敵も人間も、深井零にとってはクズほどの価値しかなく、彼は単に「雪風と一心同体になりたい」と欲するだけの存在です。のみならず、それができれば雪風に殺されても後悔しないという人間です。そしてこの点では雪風もまた、深井零と全く同じモノなのですね。 「んじゃもう、勝手にすれば?」 というのが正直なところで……。神林長平は最後にフォス大尉の科白によって、端的にそれは愛だと結論しています。らぶ。そりゃちょっと安易なんじゃないかなぁ。 このテーマはやはり「戦闘」という特殊な状況下で一番はっきりと顕在化するものだし、そこでしか必要十分な議論ができない類のものでしょう。だからこの小説には戦闘に関連すること以外は本当に何も描かれていません。僕などはそれが退屈で仕方なかった。そういう趣旨の作品なのだから、こちらが文句を言える筋合いではありませんが。 読みづらい作品ではありました。
by umi_urimasu
| 2004-09-25 08:26
| 本(SF・ミステリ)
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