「魍魎の匣」京極夏彦
『ミステリの価値は細部に宿る』

貪り読みました。けだものの如く。新書判で総ページ数700頁、字数にして50万字を二〜三日で読了。しかもFate/stay nightをやりつつ。我ながらかなりの強行軍だと思う。
人間だれしも、度の過ぎた快楽に対しては背徳感というブレーキがかかるものです。その意味で、僕にとってこの「魍魎の匣」は背徳ブレーキかけまくりな作品でした。本を読んでてあんなに歯止めが効かなかったことも近頃珍しい。ただし、この方面に免疫がないため、目新しさに振り回されている感はあるかもしれません。

長い間、ミステリ小説の価値は種明かしの意外性にあると思っていました。もちろん他にもいろんな要素がありますが、基本的にはミステリとは謎解き小説として定義されるはずのものです。だから事件の真相がわかればそれでおしまい。トリックの意外性などにあまり興味のなかった僕にとって、それは退屈なパズルのようなものでした。怨恨とか金銭欲とかいったありふれた動機なんて、わかったところで面白くも何ともなかったし。けれど、世の中にはそう単純ではないミステリもあって、しかもそれがかなり面白いらしいということに最近ようやく気づきつつあります。

人間は、秘密があるとそれを暴きたがるものです。そしてミステリは「秘密を暴きたい」という欲望を充足させる小説です。これは今も昔も変わりません。
僕の知っている昔のミステリでは、秘密とはシンプルな動機とトリックでした。一方「姑獲鳥の夏」「魍魎の匣」は、動機やトリックそのものよりも、その背後にあるものを説明することにこだわる小説です。京極作品は、「殺人の理由」ではなく「理由が成立した原因」にまでさかのぼって、さまざまな視点からそれを解剖していこうとするのです。たとえば歴史的・民俗学的な背景、異常と正常の区別がつかない人間精神の暗部、現代社会にしつこく残る差別や偏見、人間の尊厳や科学の限界などなど。量子力学まで持ち出してきたときはどうしようかと思いましたが。
これらは単純に事件の真相を知るためには無駄な寄り道とも見えます。でも僕にとってはその細部こそが面白い。はっきり言って「犯人なんか誰でもいい」と本気で思っていました。そんなどうでもいいものは放っといて、いつまでも京極堂の弁舌を聞いていたかったと。こんなミステリはおそらく初めてです。
ただし、「理由の原因」の部分を探求していくと、ミステリ的に明確な答えは出しにくくなっていきます。殺人の動機だって突き詰めれば結局は偶然の産物であり、最後には「太陽が黄色かったから」みたいな領域に入ってしまいます。それはそれで面白いのですが、白黒はっきりさせないと収まらないのがミステリの困ったところで。まあ、その辺りは上手くバランスが取れていました。さすがプロだ。

「魍魎の匣」の凄いところは、これだけのことをしておいて、なおかつ小説としての快楽性が徹底的に追求されている点でしょう。旧かなづかいを多用した古風な文体、戦後初期という時代へのノスタルジー、猟奇的な題材による非日常的な恐怖、意外なほどベタな人情ドラマ、その他実験的な表現の数々……。
「細部が面白い」というのは、手法や視点だけでなく、文字通り「文章のひとつひとつが面白い」ということでもあります。ミステリでここまでディテールを読ませてくれる作品を、僕は今まで見たことがない。こういう例は他にもたくさんあるんでしょうか。だとすれば、ミステリ全般に対する僕の固定観念を本気で改めなければならなくなりそうな気配。

とりあえず「鉄鼠の檻」も既に入手してあります。これはやはりハマったというべきなのかなあ。
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by umi_urimasu | 2004-09-23 09:52 | 本(SF・ミステリ) | Comments(0)
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